新境地

 疲れている。それは自覚していた。
 ここ最近は働き過ぎだ。これも自覚している。
 心身の疲れが、時に「金縛り」を引き起こすことがあるという。目が覚めたとき、思うように身体が動かなかった。ああ、最近疲れていたからかな……そう思うのが自然だろうと、私は思う。
「ちょっ……なに、これ」
 まさかね。いやまさか、目を覚ましたら縛られていた……なんて、誰が想像するの? 上半身は後ろ手に亀甲縛り。腰と六本の脚は各々を天井やハンガーラックなどに繋がれ、私は宙づりになっている。よく見れば、私を縛り繋いでいるのは糸巻きを終えたばかりの、私の糸束。
 何故こんな状態に? 一体誰が? なんのために?
「あ、オハヨー」
 この状況で明るく挨拶をしてくる女性が側にいる。誰だろう……と唯一自由になる首を動かし振り向く。そこにいたのは、新作、それも昨晩出来たばかりであるサンプルの水着を着たエムプーサ。
 思い出した……昨夜ようやく完成した新作の水着を試着して貰おうとエムプーサに来て貰い、私は徹夜の疲れからか……いや、たぶんあの時彼女が持ってきたウーゾ(ギリシャのお酒)を飲んでからぐっすり寝てしまったらしく……おそらく中に何らかの薬を盛られたに違いない。お酒に睡眠薬は危険だというのに! まあ、そこは考慮していると思うけど……って、変なところを信頼してどうする、私。
「着てみたわよ。流石よねぇ、前から見ると露出少なく見えるのに後ろはバッチリ空いてるこのデザイン。かなりエロいと思うよぉ」
 身体のラインを強調し、翼や尻尾を持つ種族の人も安心して着られるよう背中は大胆に空けたデザイン。様々な意味で着る人を選ぶが、彼女が言うように裸よりもセクシーになるようデザインした私の自信作。文字通りこの水着を着るに選ばれたエムプーサにはよく似合っている。流石私がデザインしただけはある……けど、今その事に自画自賛している場合ではない。
「それはいいから、まずこの状況を説明してよ」
 目が覚めたら亀甲縛りで宙づり。想像はつくが、このような真似をする真意を私は問いただす。
「ん? ほら、お疲れじゃないかなぁと思ってさ。これとか他の水着を作るのにここのところ徹夜続きで、この前も「折角の夜」をパスしちゃったし。確かこれで今期の水着デザインの仕事は終わりでしょ? だったら、打ち上げって事でパァっとお祝いしてあげようかなって」
「心遣いは感謝するけど……それがどーしてこうなる訳よ」
 まあ、淫魔である彼女の「お祝い」というものがどーいうものかも想像つき易いけど……一応突っ込まずにはいられなかった。
「心も体もリフレッシュするのに、最適な事と言えば一つじゃない!」
 ……まあその、親指立てて満面の笑みで言われてもね。私は頭を抱え……たくても手を動かせないけど、ともかく頭を抱えたい心境に成りながら、質問を続ける。
「だから、どうしてこんな格好にさせられるのかって訊いてるの!」
 この格好そのものの目的は確かに一つしか無く、それは彼女の言葉通りではあるけれど……なぜよりにもよってこの格好なのかと。
「それはもちろん、新境地の開拓!」
 それとリフレッシュとがどうして結びつくのかと……ああ、もう考えるだけ無駄だということは判ったわ。彼女なりの鉄則成り理論成りがあるのだろうけど、淫魔と私とでは考え方が違う以上、理解もし難いわね……。
「さて、そろそろ約束の時間だから来ると思うけど……」
 そう良いながらエムプーサが入り口に顔を向ける。それを待っていたかのように、扉が開いた。
「……何やってんだよ、お前達」
「私に訊かないでよ……」
 入るなり呆れた顔を見せたのは、当屋敷の主。エムプーサに呼ばれたようだが、さしもの彼でも、この状況はすぐに理解できなかった様子。
「そろったわね。じゃ、早速始めましょ」
 おそらく呼ばれただけで、何をするとも聞かされていないだろう彼は一瞬戸惑ったものの、すぐさま溜息をつき私を見つめた。いつものことか。言葉にしなくとも顔でそう私に告げている。そして私も、同じよう苦笑いで彼に答えた。
「今日の主役はアルケニーだから、私に構わずたっぷり可愛がってあげてね」
 主導権を握りつつも、あくまで私の為の打ち上げというスタンスは崩さないのが、彼女なりのこだわりなのだろうか。この、誰がどう見ても「変則3人プレイ」を打ち上げと言い切れる思考はやはり理解し難いけど。
 服を脱ぎ私に寄って来た彼は、また戸惑いの顔を覗かせる。どう私に接して良いのか困っているようだ。私は宙づりになっているのだが、身体をまっすぐ伸ばされ脚を広げられ、その中心にある私の淫唇がちょうど彼の腰の位置に来るよう調整されている。その為私の腹……蜘蛛の腹は地に着いているが人間の腹は彼の眼前。当然私の顔を見るためには彼が見上げなければならないという変則的な位置づけになる。私はもちろんだが、彼にしてもこの状況でまず何をすべきか、戸惑って当然だろう。
「はい、これ」
 こうなることを予測していたのか、エムプーサは手早く彼の前に台座を置いた。これに軽く苦笑した彼は、しかしエムプーサの「気遣い」を無駄にすることなくその台座に足をかける。
「ん……」
 こんな状況だけれども、まずは定番のキス。久しぶりに触れる彼の唇が、柔らかく、愛おしく、そして甘く、心地良い。
「クチュ……ん、チュ……」
 ずっと戸惑っていた私だったのに、彼の唇に触れたとたんスイッチが切り替わった。身体はともかく、確かに彼女の言うとおり心のリフレッシュに彼は欠かせない。
「こんな格好で、ずいぶんと積極的じゃないか今日は」
「もう……あなただって、初めから飛ばし気味じゃない」
 こんなやり取りも心地良い。そして先ほどよりも激しくお互いを求め、舌を結び目を作るかのように絡ませクチュクチュと激しく音を立てる。
「ん……んっ、チュ……んー……んっ!」
 突然、私はキスをしながら驚きの声を上げる。視線を落とすと、下の唇にエムプーサが四つんばいになりながらキスをしている。
「うわぁ、もうべっとべとじゃない。キスだけでこんなに濡れるのって……彼のせい? それともこの格好に興奮してる?」
 そんな恥ずかしいことを訊かなくても……頬が真っ赤に染まるのを自覚しながら、しかし私は抗議の声を上げるよりも離れがたい彼の唇にしゃぶり付くことを選ぶ。
「んー、いやらしい蜜……チュル、クチュ……ん、奥のも嘗めちゃお」
「んっ! ん、チュ……ん、ん、んん! クチュ、チュ……ん、ん!」
 ギュッと抱きしめながら絡ませてくる彼の舌と、淫唇を手で広げながら私の奥へ奥へと突き入れてくる彼女の舌。どちらも甘美な悦楽で私を痺れさせる。
「あっ、ん、胸……ん、そこ、噛んじゃ……んっ! クリト、リスも、噛まないで、よ……あっ、んん!」
 ピンと立った私の突起を、二人が各々唇で噛み舌で転がし、突起の周囲を嘗め回す。されるがままの私は、二人が与えてくれる刺激に酔いしれるしかなかった。
「もう、ダメ……こ、こんな、ん、いく、恥ずかし……んっ! いっ、いく、ちょっ、あは、あ、んっ、ん、んんっ、いっ、あっ、いっ、くぅ!」
 自分では何も出来ないもどかしさ。それでも加え続けられる快楽。私は自分でも驚くほどアッサリと身を震わせ潮をエムプーサの顔に吹きかけていた。
「ふふ……随分気持ちよさそうだったわねぇ。なんかアルケニーって、どんどんいやらしくなってるよね」
「それは俺も同感だ」
 ちょっと……誰のせいだと思ってるのよそれは。まあ……否定は出来ないし、嫌ではないんだけれど……。
「じゃ、交代。下の唇が早く欲しいってパクパク喋ってるわよ」
 自分では見えないけれど実感はある。逝ったばかりなのに、逝ったばかりだから尚更、私の中がぽっかりと空きむなしさが去来する。早く暖かみが欲しいと愛液を垂らしむせび泣いている。
 台座を降りた彼がすぐ私を片腕で抱き寄せる。どうやら彼もこの特殊な状況に興奮しきっているらしく、私同様彼の息子が温もりを強く求めている様子。私の淫唇に彼の先端が軽く触れ、そして……
「んっ!」
 一気に私の中へと押し入ってくる。それだけで、私はまた軽く逝きそうになった。
「んっ、ん、んっ、な、なんか、いつもと、違う……」
 熱く硬い彼自身が、私の中を乱暴にかき回す。いつもより激しいとはいえ、それだけではない何か、気持ち良い違和感を私は感じている。
「どう? この新境地。たまにはマグロになるのも良いでしょ?」
 ああそうか。私は蜘蛛の下半身を持つ身故に、彼やエムプーサと交わる際に基本騎乗位になる。最近は後背位でして貰うこともあるけど、それはアナルプレイの場合だけ。だからどうしても、私主導で進める事が多い。けれど今は宙づりにされ身動きが取れない状況で、彼に激しく突き入れられている。アナルで感じていた攻められる快楽を、私は今膣で感じている。普通の人なら当然の、しかし私には新鮮な快楽。
「ね、悪くないでしょ?」
 胸を揉み耳たぶを嘗めながら、彼女が囁く。
「ん、うん、いい、とっても、きもち、いい……ん、あん! い、もっと、きて、んっ、あぁあ!」
 動けないもどかしさがより快楽を求め、与えられる快楽をどん欲なまでに全身で感じる。二人に攻められながら、確かに私は新境地を開拓していた。
「ちょ、いま、そんな、とこ、なめない、で……んっ!」
 腰を激しく振りながら、彼が眼前にある私のへそに吸い付き嘗め回し始めた。
「あら……ふふ、新しい性感帯が出来ちゃうかしら」
「そん、な……ん、でも、きもち、い……ん!」
 こそばゆさはもう快楽。全身何処を触れられても感じてしまう今の私に、へそという敏感な場所はもう性器に等しい。しかし……
「や、そんなとこ、まで、かんじて、たら……へんた、い、わたし、へんたいに、なっちゃ、う……んっ、あはっ!」
「良いじゃない。変態になっちゃいなよ……って、もう充分変態じゃない。こんな格好で感じまくっちゃって」
「そん、な、これ、は、わたしが……んっ! いま、はげしく、されたら、ん、わたし、ほん、とに……へん、たい、ほん、ものの、へんたいに、なっちゃ、んっ、はあぁん!」
 羞恥心が刺激され、私はますます感じていく。
 確かに結局、私は変態なのかもしれない。それをどこかで認めながら、しかしどこかで拒絶することで、私は悦楽を得ている。
「ほら見て……私もこんなに濡れてるの。彼にまだ触れて貰ってもないのに、んっ、あなたのことさわったり嘗めたりしているだけでこんなよ……ね、はぁ、私も変態なの……」
 べっとりと自身の愛液で濡れた指を私に見せながら、荒い息で告白する彼女。淫魔なのだから当然だと、冷静な私ならそう判断したかもしれない。しかし今は、変態という同士を得られて安心し、更なる悦楽の深みへと身を投じる心地よさに浸った。
「い、おへそ、いい……もっと、なめて、すって……ん! きもち、いっ、ん、ふあぁ、あぁっ!」
 リクエストに応えるように、彼の舌がより激しくなる。そして私達の会話に興奮したのか、腰の動きもまた激しくなっていた。
「いく、また、いっちゃ、もう、いっちゃう、また、いっちゃう、の、んっ、いく、わたし、おへそと、あそこで、いっちゃう、いっちゃうの、いっちゃう、の」
「逝っちゃいなさい……変態さん。んっ、私も……指で逝くから……」
 グチャグチャと激しく自分自身を責め立てながら、彼女は私の胸に吸い付いた。
「いっしょ、みんなで、いこ、いく、いく、いくの、いく、いっちゃ、いく、い、ん、いっちゃ、ん、あっ、ん、いっ、いこ、いこ、ね、んっ、あ、あっ、ん、い、いっ、いく、いく、いく、いっ、ん、んあぁあ!」
 ギュッと私を抱く腕に力がこもる。私に吸い付く唇が強く押しつけられる。私の中にドクドクと彼の子供達が流れ込んでくるのが判る。私はそれを膣でギュッと迎え入れていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ん、ちょっと、激しすぎる……」
 息を切らせ、私は頂点を迎えた余韻に浸りながら脱力していた。
 疲れた心はかなり癒せた。それは間違いないのだけれど……身体はむしろ疲労をためたとしか思えない。快楽を得るにこの宙づり状態は良いのだけれど、やはり縛られたままでは身体への負担も大きい。
「もう下ろして……ちょっと身が持たないわ」
 名残惜しいけど……二度逝った事でまた冷静さを取り戻した私は、自分の身を案じた。これに彼の方は同意してくれたのかうなずいたのだけれども……。
「ええ! 折角ここまで準備したのにぃ」
「……私のためって嘘でしょ」
 頬を膨らませるエムプーサを、私は睨みつける。
 そして互いに、噴き出して笑う。
「でもゴメン。やっぱり私もして貰わないと収まりつきそうにないの……」
 縄に手をかけながら、腰をもじもじと動かすエムプーサ。私は彼女と共に、ちらりと彼に目を向ける。
「とりあえずアルケニーを下ろすぞ。それからな」
 苦笑いを浮かべながら了解する彼。もしかしたら……いえ確実に、私以上に疲れることになるのは彼の方だろう。
「ま、いつものことだ」
 それでもどこか幸せそうに見えるのは、私の勘違いではないと信じたい。

「えーっと……これはどういう事でしょう?」
 翌日。私は横たわるエムプーサの脇で満面の笑みを浮かべていた。
「昨日来て貰った水着のサンプルだけどね」
 私はベッドの四方に四肢を縛られている彼女の質問を受け流し、別の話を始める。
「あなたこれ着たままあんな激しいことしてくれたから、ほら、破れて使い物にならなくなっちゃったのよ」
 それはそれは、昨夜は激しい夜でした。彼女も乱れまくりました。ええ、とっても心地よい夜でしたよ。でも折角完成させたサンプルをダメにされては、「打ち上げ」としての意味を成さないわけですよ。
「どーしてくれるかなぁ……これはお仕置きが必要かなぁ」
 まあ、実際には着用感や見た目などを確認するためのサンプルであり、じっくりとはいかなかったけれどそれは確認できている。図案がしっかり残っているので生産ラインに乗せるのに支障はない。というか、もう乗せている。
「お仕置きって……ちょっと待ってよ……」
 言葉とは裏腹に、まぁなんて嬉しそうな顔をするんでしょうか、この淫乱娘は。
 ま、私としてもこれは昨夜に対する「お礼」だから、問題ないのだけれどね。
「というわけで、今日は女王様に来て貰いました」
「はーい、女王様でーす!」
 私の横には、レザーな女王様ルックに身を包んだスキュラがいる。
「では始めましょうか」
「はーい、いっくよー!」
「ちょっ、待って、鞭とかは無しにして。激しくしないでね、蝋燭とかも止めてね、上下同時とかイヤだからぁ!」
 ……それはリクエストと受け取って良いんでしょうか?
 これはこれで、私はまた新境地を開拓しそうです。

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