限りある欲情

 普段から使い慣れている「魔女の大釜」に、長い棒を入れかき回し、「成人女性」の姿になった私はどろりとした液体を練っている。
 液体のとろみがかき回す棒に抵抗を与えるが、女の私がかき回せなくなる程強くはない。
 普段なら三人で一緒に掴みかき回している棒も、今は私一人が握っている。二人分長い柄の余裕が、少しだけ寂しい。
 私達三人は、共に悪魔レオナルド様に使える魔女……ということにしている。
 だが実際には、三人はそれぞれ異なった主に仕えていた。
 真の主を隠していることに、特別な理由はない。ただ説明するのが面倒なだけ。
 今残り二人がいないのは、それぞれの主のために「野暮用」を済ませに出かけているため。
 残された私は頼まれていたものを完成させるために、こうして一人大釜と格闘しているところ。
 液体は練れば練るほど色が変わる。私は指でひとすくいしそれを舐めてみた。
「うまい!」
 ファンファーレを鳴らしたくなるようなうま味に、私は思わず声を出してしまった。
 ほろ苦いビター味。チョコレートとして問題のない出来栄えだろう。
 そう、私は今チョコレートを作っている。
 とはいっても、魔女が作るチョコレート。ごく普通の物であるわけがない。
 これは私達が古くからの友人、風俗店「リリムハウス」のオーナーから依頼されて制作したチョコレート。
 彼女は今バレンタインデーに合わせ、フェアーを計画していた。それは「チョコレートで出来たローションによるサービス」という、誰もが思いつきそうで、しかし実現が難しいプレイだった。
 液状のチョコレートを身体に付け、舐めさせる程度ならば誰にでも出来る。しかしローションとなると量の問題もさることながら、身体にべたつき処理が難しくなる。これがローションには適さない理由。
 しかし難しいからと言って、私達魔女に不可能というわけではない。
 魔法は発想力次第でいかようにも出来る。
 私達はこの依頼を「スライムの生成」をベースに解決する案を打ち出した。
 スライムは液状の魔法生物。用途によってその身体に様々な「効果」をもたらすことが出来る。
 例えば、侵入者を排除するために作られるようなスライムなら、硫酸のようなものをベースに制作し、様々な物を解かしてしまうスライムが作り出される。あるいはダンジョンの清掃に使うスライムなどは、腐敗した物だけを餌にする毒性の強いスライムを作り出す。金属物だけを溶かすスライムをトラップに用い、ガチガチのプレートを着込んだ戦士を丸裸にする、といった特殊なスライムだって作れる。
 これらのスライムは、生成の基本はどれもほぼ一緒。違いが出るのは、身体を液状にするのか弾力ある個体にするのか、自立移動させるのか否か、といった細かい部分のみ。
 身体になる液体の生成まではほとんど同じなのだ。つまり、この液体をチョコレートベースにし、スライムをローション代わりにしよう、というのがオーナーからの依頼解決に用いた案。
 そしてこの狙いは見事に成功した。
 大釜の中にはそのチョコレートスライムがたっぷり出来上がっていた。
 舐めてみたところ、チョコレートとしても申し分ない味もしており、毒素も無さそうだ。香りもチョコレートそのもの。
 むろんだからといって、これをがぶがぶと飲むことは勧められないが、一通りのプレイの中で、口に含んでも問題にはならないだろう。
「ここまでは良し……」
 私は「ひとまずの完成」に気をよくしながら大釜から離れ、机の上に用意しておいた「実験材料」を手にし大釜の元へ戻る。
 まずオーナーから依頼された「チョコレートのローション」は完成した。
 しかしこれは「チョコレートのローション」という液体ではあるが、スライムではない。
 依頼のためにスライムの生成方法でローションを作ったのだから、これで完了にしても良い。
 しかし折角ここまで作ったのならば、きちんと「チョコレートスライム」としても完成するのかも見てみたい。特に意味はないのだが、好奇心から見届けてみたい。好奇心なくして、魔女なんてやっていられない。
「さて、実験開始」
 私は手にした二つの三角フラスコから赤い液体と白い液体を大釜に注ぎ入れた。
 この液体には、特殊な魔力が込められている。
 赤い液体は血液。白い液体は精子。どちらも、ある「学者」からの「協力」で提供して貰った物。
 彼の血液と精子には、「どうしたわけか」媚薬効果の魔力が含まれるようになっていた。この魔力は、血液や精子を栄養素とする、ヴァンパイアやサキュバスのような者達にしか効果を発揮しないのだが
 以前、彼の血液を用いてアルラウネを生み出した時、淫乱アルラウネが出来上がってしまうという実験結果も得ている。今回の実験は、そのアルラウネ実験を踏まえた上で、スライム生成に必要な魔力を彼の血液と精子から抽出してみたらどうなるか? という実験も兼ねている。
「これで良し」
 私は呪文を唱えながら、更に粉末状にしたドクセリや白スイセン,スパニッシュフライやベラドンナなども加えていく。どれも「魔女の軟膏」に使われる原料。
 しばし待つ……が、反応がない。
 失敗か? だとすれば、魔力が足りなかったかもしれない。
 そもそも、彼の血液や精子に含まれている魔力は、それを糧とする者達にしか効かない、限定された物。アルラウネの場合も、血を糧とするからこそ成功した実験と言える。スライムの生成に必要な魔力としては、質が違いすぎたのかもしれない。
「もう少し何かで魔力を足すしかないか……」
 顎に手を当て首を傾げ、私はしばし考えた。
 そして一つの解決策を思いついた。
「私の血を足してみるか」
 先に混ぜた血液同様、私の血にも魔力が込められている。
 そもそもスライムの生成には、術者の血はよく使われる材料。その代わりに学者の血液と精子を用いたのだが、それは失敗に終わった。
 私の血を混ぜることでスライムとしての完成はしても、学者の血に含まれていた魔力効果は期待できそうにない。
 それは仕方ない。今日の所は新種のスライムが完成することだけで良しとするべきだろう。
 右手首に左手の指を軽くあて、呪文を唱える。すると手首から、私の血がぼたぼたと垂れ落ちてきた。そしてそれはそのまま大釜の中へ。
 充分に血液を混ぜたところで、私は指を離す。すると血はピタリと止まった。
 私は呪文を唱えながら再び棒で大釜の中身をかき混ぜていく。
 するとどうだ。今度は大きな反応があった。
 棒を手放しても、大釜の中身はゆらゆらと波打っている。
 その波は徐々に大きくなり、そして不意に、ざばっと音を立てて立ち上がった。
「これは……」
 驚いた。まさかこんな結果になるとは。
 大釜の中から立ち上がった者は、人型、それも女性の形をとったスライム。チョコレートで出来た裸体の女性が目の前に立っているではないか。
 このような結果になるとは。これは予想以上の実験成果。私は手をパンと合わせ喜んだ。
 このパンと叩いたときの音が合図にでもなったのか。
 出来たての女性型スライムが、突然私に襲いかかってきた!
「ちょっ!」
 抗議の声は防がれた。スライムの顔が私に近づき、強引に唇を奪ったために。
「んっ、ん……ちゅ……」
 文字通りの甘いキス。チョコレートで出来た舌が私の舌に絡みつき、チョコレート独特のほろ苦くも甘い味で私を酔わせようとする。
 気付けば、胸元と股間にぬるりとした感触。
 全身ローションのスライムが腕の形を変え服の隙間から容易く侵入してきていた。
 服を着ているのに、直接肌に触れられ一方的に愛撫されている。
「んふぅ……ん、ん、んはぁ……」
 口を塞がれながらも、私は次第に喘ぎ声を漏らし始めていた。
 気付けば、私は自ら舌を動かし腕をスライムの背に回していた。
 積極的になったことにスライムが気付いたのか、一度唇を離した彼女は、ニコリと私に微笑みかけ、そしてまた唇を重ねる。
 驚いた。このスライムは女性の形をしているだけでなく、ある程度の感情と思考を持っている。
 普通スライムは、本能となる「行動理念」を魔力によって植え付けられると、その命令にのみ従う単純な魔法生物だ。
 私はまだこのスライムに、命令を植え付けてはいない。だから突然動き出すとも襲われるとも思っていなかった。
 推測でしかないが、おそらくは始めに入れた学者の血と精子が原因だろう。
 あの血と精子が、スライムの行動理念を既に形成させたに違いない。
 そう考えた方が自然だろう。この淫乱スライムの行動を見れば。
「まっ! そこは……んっ!」
 僅かの間思考にふけっていた隙に、スライムの不定型な指……と言うべきか。
 ともかく、スライムは私の股間を軽く撫でていただけの手の形状を変え、陰門へずぶりと突き入れてきた。
 既に愛液で濡れていた上にチョコレートローションである彼女の指は容易く入ってくる。
 これだけでは終わらない。彼女の指は中に入った途端膨張し、隙間無く膣の中いっぱいになった。
 そしてまるでバイブのように、うねうねと動き出すではないか。
「これ、反そ……くっ! んはぁ! ちょっ、い、これ、気持ち、いい、わぁ……」
 彼女の唇が再度離れた途端、私はたまらず喘ぎだした。
 そんな私の様子を、彼女は微笑みながら見つめている。
 彼女には間違いなく単純ながら自我があり、淫行に対し悦びを感じているようだ。
 たかがスライムにここまでの思考が備わるなんて。この実験、思わぬ大成功を収めそう。
 ……なんて、私にそんなことを考える余裕はすぐになくなった。
「んっ、胸ま……で、んはぁ、ん、もっ、もっと……」
 胸を軽く愛撫していたスライムの手が更に広がり、まるで彼女の手が下着になったかのように胸全体を包みだした。
 そして膣の中同様、胸の上をうねうねと動き出した。
 時折力強く、時折撫でるように。大きく波打つかと思えば、小刻みに震えたり。
 不定期に付けられる強弱が、私により一層快楽を与え続けていく。
 そして彼女の淫行はますますエスカレートしていく。
「い、いい……ん、そこ、ん、もっ……んっ、んっ!」
 不意に私の顔が何かに押しつけられた。
 胸だ。彼女の胸に今、私の顔を埋めさせられている。
 ぬるりとし、そして柔らかいチョコレートローションの胸。女の私でも心地よさを感じてしまう。
 そしてやはり、この胸もうねうねと動き出す。
 まるでフェイスマッサージでも受けているかのような心地よさ。
 胸と膣の快楽がなければうとうとと寝入ってしまいそう。
 むしろ上下の快楽をより際立たせる顔面パイズリに、私は全身を心地良く強張らせ始めていた。
 そして極めつけの行動に、彼女は出てくる。
「んんっ!」
 来るとは思っていた。しかし心の準備は万全と言い難く、私は不意に訪れたもう一つの快楽に、彼女の胸の中で悲鳴のような悦楽の声を上げた。
 膣同様、いつの間にか伸びてきた指が菊門を易々と突き破り、そしてやはり中で膨張しうねりだした。
 全身を包まれ入れられ、柔らかくも強い振動を与え続けられている。
 ぬめる彼女の体に馴染んでしまっているが、私は相当な量の愛液を垂れ流しているはず。
 その愛液すら取り込むかのように彼女は密着させ、突き入れている指を休むことなく動かし続けた。
 私の感覚は麻痺していた。いや、感覚の全てが快楽に変換されたと言うべきか。
 なすがままされるがまま、私は自分が作り出したスライムに弄ばれている。
「ん……ぷはぁ……ん、くっ! もう、くる、きっ、きちゃう……ん、いっ、もう、いっ! あっ……はあっ!」
 顔を胸から解放された途端、私はすぐさま声高に喘いだ。
 もう限界だ。身もだえすることも許されぬまま、私は頂点へと一気に駆け上っていく。
「いく、いく、いく、いっ……んっ、いっ! いっ……く、はぁあ!」
 悦楽の叫びと同時に、彼女は私の陰門を貫いていた指を一気に離す。
 まるで海面に出た鯨のように、私は勢いよく大量の潮を噴き出した。
 チョコレートスライムは潮を浴び、更なるぬめりとてかりを増していた。
 息も絶え絶えに、私は視線を落としその様子を眺めていた。
 すると突然、私はこれまで意識していなかった重力を感じ始めた。
 私を弄び支えていた彼女の力が緩んでいる。
 顔を上げると、笑みをたたえている彼女の顔が、徐々に崩れ始めていた。
 どうやら彼女の身体と意思を形成していた魔力、学者の血と精子に含まれていた魔力が、私を満足させたことで枯渇してしまったようだ。
 最後まで笑顔のままでいた彼女はしかし、完全に身体を崩し、意志を持たないただのゲル状スライムへと変わり果ててしまった。
「ちょっと可愛そうね……」
 ただ、これで良かったとも思える。
 彼女の思考は、完全に淫行のみに働いていた。
 もしまだ意思を形成していた魔力が残っていたら、私はまだ解放されずに二度目三度目、それ以上に逝かされていただろう。
 そうなるとこちらの身が危険になる。
 単純な命令だけを純粋に遂行するスライムは、加減を知らず歯止めがきかない。トラップに用いるには最適だが、自慰の道具として用いるには向かない。
 いや……「道具」と言うのも気が引ける。
 ほんの僅かな交わいであったけれど、彼女の淫乱で、しかし純粋な笑顔には、確かに意思という心があったのだから。
「まあともかく、大きな収穫だったわね」
 私は身体にこびりついた彼女の破片を丁寧に払い落とし、そして床に散らばったチョコレートスライムを一カ所にまとめた。
 スライムとなったこのゲルは、もうローションとしては使えない。
 リリムハウスのオーナーに提供するチョコレートローションは、また一から作り直す必要がある。空っぽになった大釜に、私はチョコレートローションの材料を入れていく。
「これが出来たら、ちゃんと片づけないとね」
 魔法で大釜の下に火を灯しながら、私は一カ所にまとめられたチョコレートゲルを見つめた。
 さて、どうしたものか。私は悩んだ。
「とりあえずは……冷凍保存が一番かな」
 呪文一つでゲルを凍らせ、そして巨大な氷にむけ指を鳴らし、コンパクトにまとめた。
 これで場所をとらずに保存が出来る。
「ちょっと「あれ」の研究にはまだ時間が掛かりそうだから。しばらく凍って待ってなさいな」
 あの血と精子に込められた魔力。それをキチンと研究すれば、色々と活用できるはずだ。
 例えば、もう少し長持ちする意思とか、制御の効く性欲とか。
 私は大釜の中身をかき混ぜながら、つい先ほどまで見ていた女性の笑顔を思い起こしていた。

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