ハッキリ言えば、私は情緒不安だ。
日常に置いては、これといって気持ちが揺らぐような事はない。いや、むしろ「彼」と定期的に夜を過ごせるようになってからは気持ちも充実しきっている。
そのはずだった。
しかし人間……まあ、蜘蛛の下半身になり私はとっくに人間ではないのだけれど……慣れてくると欲も又新たに湧き出てくるもので、もっと彼といたい、そういう欲が沸き立ってしまう。
それは私の我が儘で、忙しい彼の身を考えれば無理強いする事ではない。
まあ忙しいと言っても、「他の女」と一緒にいたりしているだけだったりもするのだが……。
嫌な言い方だ。私は自分の下世話な物言いに腹を立てた。
そう、私の情緒不安はここから来ている。
彼は私以外に、定期的に夜を過ごす女性が複数いる。
私はその内の一人であり、彼にとって特別な存在というわけではなく、かといって他の誰かも同じように特別なわけではない……とは言い切れず、彼が思いを寄せる女性がいるかもしれない。
それを考えるだけで、私はイライラと腹を立てたりポロポロと涙をこぼしたりと、精神的に不安定に成りやすくなる。
好きだと伝えた事はある。しかしそれは「夜の行為」の最中に発した言葉。
真剣に受け止めてくれているか判らない。
私はあんな時にしか自分の想いを伝えられない不器用な女だから……。
彼からも、好きだと伝えられた事はある。
でもそれは、彼の口癖。本心かどうかは判らない。
好きだと言い合っているのに、想いは何処へ向かっているのかお互い判っていない。
こんな想いをするようになるなんて。今の姿に変えられてからこれまで、思いもしなかった。
こんな想いを抱けるようになった事に、私は感謝しいてる。
が同時に、こんな想いを抱かせた相手が優柔不安である事が、私は腹立たしくてならない。
「……ダメだわ、このままじゃ手が着かないわ」
止まったままのミシンから、私は手を離した。こうなってしまうと、落ち着くまで何も出来なくなる。
恋とは、愛とは、なんと切なさく苦しいものなのだろうか?
……なんて、三流少女小説のような言葉でくくったところで、落ち着くものでもない。
私は大人なのだから、少女小説のように清らかにいるよりも、大人にしか出来ない事で気を紛らわす賢い大人である事を選ぶ。
「まあ、物は言い様なんだけれども……」
私はごそごそと、隠してある「気を紛らわす道具」をあさりだした。
手にしたのは、床に固定出来るように改良した「貼り型」である。
机の角でする自慰行為よりも、私は過激さを求めこんな物を作っていた。
下半身が蜘蛛という身体の構造は、生殖器に手が届かない為に貼り型を使った自慰行為が出来ないという欠陥があった。
しかし床に貼り型を固定しそこにまたがれば、深く貼り型を陰門の奥へ入れる事が出来る。
むろん、これは机の角で行う「角マン」よりも刺激的である。
私は早速「脚」の付いたこの貼り型をフローリングの床に置き、しっかりとテープで脚を固定した。
そしてすぐに挿入出来るよう、ローションをしっかりと貼り型に塗りたくる
「さて……」
私は貼り型をまたぎ、ゆっくりと身体を落としていく。
「んっ!」
すぐには入れない。まずは貼り型の先端に陰核を当て、身体を揺らし刺激させる。
「いい……ん、もっと強く……ね、んっ……そう、もっと激しくいじって……」
言い聞かせているのは自分へ。しかし言葉は脳裏に思い浮かべている「彼」に向けられている。
愛してる。心の中では何遍も彼に伝えているのに。
妄想の中の彼は、こんなにも激しく愛してくれるのに……。
「も、もう、入れるわよ……んっ! いい……はぁっ!」
身体を更に落とし、私は貼り型を自分の中へと突き入れた。
暖かみがまるで無い貼り型。しかし私は脳内でこの貼り型を彼のものだと何度も言い聞かせ、身も心も興奮させていく。
「きもち、いい、んっ……はぁっ、いいわ、もっと、つい、て……んっ!」
部屋全体が、屋敷全体が揺れるのではないかと思える程、私は身体を大きく上下に動かした。
全身で貼り型を、いや、彼のものを感じられるようにと。
「いっ、いく、いっちゃ……」
「ねぇ、アルケニーさん。この前作って貰った縄なんだけ……れ……」
突然の来訪者が、ノックもせずに開けたドアのノブを握りしめたまま膠着している。
むろん私も、驚き身を固まらせていた。
ああ、なんかこのパターン前にもあったような気がするわ……などと冷静に思い返す一方で、私はようやく動いた唇から、その前例と同じく悲鳴を上げていた。
「いや、まさかね、あははは」
前例と同じ釈明が聞こえる。
以前にも思った事だが、笑い事ではないだろう、と小一時間問いつめたい。
来客はエムプーサ。最近屋敷に住まうようになった同郷の淫魔。
不思議と、屋敷の主は「妖精」学者であるにもかかわらず、屋敷に泊めている者の中でギリシャ出身の魔物は思いの外多い。
そんな事もあり、彼女が館に住まうことになったときは歓迎していた。
もちろん、今でも彼女は良き同居人である。
がしかし、だからといって、ノックもなく部屋にはいるのは無礼という他無い。
「確かに、淫魔がノックしてドアから部屋に侵入するなんて話は聞きませんけど……」
寝ている人間を襲う淫魔が、失礼しますと声をかけて部屋に侵入するはずがないのは確か。
「夜這いするわけでもないんですから、ちゃんとノックくらいして下さい」
私は気まずい空気の中、床に貼り型を固定させる為に貼り付けたテープを剥がしながら、一言エムプーサに注意した。
なんと説得力のない姿だろうか。しかも相手が淫魔だけに、これはとても恥ずかしい。
「あはは、ごめんね。でも「こんなコト」するくらいなら、一声かけてくれればいいのに」
ピクリと一時、私は身体を固めた。
「……遠慮するわ。だいたい、あなたは他の「悩める女性」の相談を受けるのに手一杯でしょう?」
私は動揺を隠しつつ、貼り型をしまいながら丁重に断った。
動揺? そう、私は彼女の言葉に動揺していた。
「まぁそうだけど……あなたもその「悩める女性」に見えるけど?」
動揺を繕うのに必至で、私は無言になっていた。
悩んでいるのは確か。悩んでいるから先ほどの「見られた」行為をしていたのだから。
しかしその原因は、彼女にもある。だから私は動揺していた。
エムプーサは淫魔として女性の性的な相談に乗る、いわばカウンセラーのような事をしている。
その一方で彼女も又、「彼」と夜を定期的に過ごす女性の一人である。
そもそも彼女が館に住まうようになったのは、彼から血と精力を得る為。
それは彼女にしてみれば食事でしかない。
しかし私から見て、それは嫉妬の対象になってしまう。
そんな相手に、一声かけろと? 相談しろと? それは無理のある話だ。
「さあ、用がないなら出て行って下さい。残っている仕事を片づけたいので」
ついさっきまで自慰行為をしていた事など都合良く棚上げし、私は彼女に退出を命じた。
「スキュラから聞いたけど……」
彼女は部屋を出るどころかベッドに腰掛け、話し始めた。
「アルケニーが最近元気が無いって、寂しがってたわよ」
私は又、何も言えず何も出来ずにいた。
スキュラの名前を出されると弱い。
彼女もまた、彼と定期的に夜を過ごす女性の一人だが、彼女は私の為に彼と過ごす回数を減らし私に回してくれている。
その代わり彼女と私が互いに慰め合うようになっていたのだが……
「知ってるわよ、スキュラとの事は。そして彼女との「夜」が最近減っている事もね」
何故知っている? ……いや、彼女が淫魔である事を考えれば不思議ではない。
スキュラから直接聞いたのではなく、おそらく何処で誰が誰と「性行為」をしているのかなんて、すぐに把握出来ているのだろう。
スキュラとの夜が少なくなったのは、やはり同じ理由から。
彼女もまた、彼を愛しているのではないのか?
親友であるはずの彼女に嫉妬し始めた自分が許せなくなり、彼女に合わせる顔がないと避けるようになってしまっていた。
「……あなたには関係ないわ。お願いだから出て行って」
これ以上は耐えられない。
一方的に恋敵と思いこんでいるだけなのは判っている。
それでもやはり、恋敵にあれこれと詮索されるのは気持ちの良いものではない。
まともに顔を見る事も出来ないまま、悔し涙が零れないよう必至に堪え私は再度彼女に出て行くよう勧告した。
「ふぅ……そういうわけにはいかないわよ」
なかなか出て行かない彼女に苛立ち、私はキッと睨み付けた。
これがいけなかった。
「!……ちょっ……なに、したの……」
彼女を睨み付けた瞬間、私は全身がカッと熱くなるのを感じ始めていた。
息が荒くなり、自然と手は両乳房を握りしめていた。
「なにって、「ナニ」する為の下準備よ」
やられた。よもや「淫術」をしかけてくるとは思わなかった。
淫魔は相手を「その気」にさせる術に長けている。
その方法は容姿的な色仕掛けから心理的な揺さぶりから様々だが、当然強引な魔術も心得ている。
その魔術にやられた。目を合わせた瞬間に。
「さっきまで一人でしていたから、術も掛かりやすかったみたいね。あらあら、もう床がビシャビシャじゃない」
直視出来ないが、感覚で判る。陰門から愛液がしたたり落ちているのは。
「ほら、ご覧なさい。これ、欲しいでしょ?」
見てはいけないと判っているのに、言葉に反応し視線が彼女の股間に向けられる。
そこには、男性器と化し肥大した彼女の陰核があった。
一度そこに視線を向けたが最後。もう反らす事もまぶたを閉じて遮る事も出来ない。
「欲しいなら、お願いしてご覧なさい。ください……って」
誘導されるまま、私は震える唇を開き言葉を放った。
「……だ……誰が、言うもんですか……」
視線はまだ彼女の男性器に釘付けなのにもかかわらず、私は誘いを拒絶した。
「驚いたわ……強情な人とは思っていたけれど、ここまでとはね……」
目を丸くし、言葉通りに彼女は驚いていた。
実は、私も驚いていた。よく拒絶出来たなと。そして自分でも、ここまで強情なんだと思い知ったところ。
しかし問題が解決したわけではない。身体の疼きはむしろ、拒絶した事で高まってしまっている。
既に蜘蛛の下半身は勝手に動き出し、平坦な床に陰部をこすりつけ僅かでも快楽を得ようと躍起になっている。
乳房を鷲掴みにした手も荒々しく揉み続け、息も更に荒々しくなってきた。
「でもそんな状態で、何処まで我慢出来るかしら?」
確かに、身体は我慢の限界をとうに超えている。
それでも、強情な私は拒み続けるだろう。
誰が恋敵の情けを受けるか、と。
我慢出来なくなり、彼女に懇願する時はおそらく、強情な私の心が砕けた時。
それは自我の崩壊を意味する。
いっそ、そうなった方が楽なのかもしれない。ふとそんな考えすら頭をよぎる。
惨めなものだ。強情で素直でないばかりに悩みを抱え、そしてそんな性格が幸いしてか災いしてか、淫魔の誘惑に耐えている。
そして耐え続けるが故に、私は私でなくなるのか。
泣けてきた。私は悔しさのあまり、快楽を求めのたうち回る身体とは裏腹に、悔し涙をながしていた。
悔し涙をながしながらも、強く胸を揉み、下半身を床にこすりつけている。
ホント、惨めすぎる。
「……ゴメン、私が限界」
コウモリの羽根を軽く羽ばたかせ、ふわりと私の傍まで近づいた彼女は、震える私の唇に自身の唇を重ねた。
「ここまで酷い事をするつもりはなかったの、ゴメンね。だからお願い、私を受け入れて」
彼女に悪意がない事は始めから判っていた。
しかしだからといって、受け入れる気にはなれない。
彼女は恋敵だから。
「……正直に言うわ。確かに、私も「彼」の事を愛してるわ」
告白に、私は激しく動揺した。その衝撃は、快楽を求め続け動きつつけていた手と腰を止める程に。
「でもだからって、彼が私達の誰かを一人だけに絞る必要はないはずだし、彼もそう感じているはずよ」
衝撃で空っぽになった頭に、彼女の説得が響く。
「そもそも一夫一婦制なんて、私達にとって「敵」である宗教が勝手にモラルと称して決めた事じゃない。そんなものに私達が縛られる必要なんて無いわ」
確かにそう。私は「元」が人間だけあってモラルに縛られやすくなっているだけで、それを守る必要は確かにない。
「大切なのは、彼とあなた。彼と私。彼とスキュラ……それぞれがそれぞれの関係をどう築いていくか、よ。私達はライバル同士じゃない。だからいがみ合う必要なんて無いのよ」
知っていたのか、彼女は私の悩みを。
「……スキュラが、言ってたの?」
彼女は黙って頷いた。
やはりそうか。彼女が私の悩みを察していても不思議ではないが、付き合いがまだ浅い彼女では難しいと思う。
先ほど、彼女はスキュラから話を聞いたと言っていた。
ならば私の事をスキュラから相談を持ちかけられていたと考える方が自然だ。
「だからお願い、意地を張らないで。わた……」
言い終わらせぬうちに、今度は私から唇を重ね、舌をねじ入れからませた。
「……我慢出来ないわ。お願い、欲しいの……」
黙って頷いた彼女の目尻が光って見えたのは、気のせいだろうか。
彼女は手早く床の上に寝そべり、肥大している陰核を両手で固定させた。
私はその陰核をまたぎ、素速く腰を落とす。
「んっ! すご、これ……あっ、んっ、ふぁ!」
「そん、な、いきなり、ん、はげし、んっ!」
限界を超え我慢していた私の身体は、激しく大きく、動いていた。
「ひっ、いや、もう、きちゃ、ん、はぁ!」
我慢を続けていただけに、解放された快楽は大きい。それだけ、頂点への到達が早かった。
「いいわ、いちゃって、いいから、ん、ほら、我慢、しないで、あっ、ほら!」
「ん、いく、いくか、ら、ん、いっ、あっ、ん、いっ、いっゃ、あっ、あぁ!」
私に合わせて舌から突き上げられる彼女の陰核。その刺激に耐える必要はないと、私は早々と逝ってしまった。
激しかった身体はその動きを止め、ビクビクと痙攣している。
だが、その身体は程なくして又動きだし、激しく上下する。
我慢していた私の心と体は、ただの一度で満足するはずがない。
「すご、締め付けて、くる……これじゃ、私も、すぐ、いっ、ちゃう、ん!」
激しい動きにさすがの淫魔も桃色の根を上げはじめている。
「もっと、つきあげ、んっ! いぃ、はん、あはぁ! きも、きもち、んっ! いい、か、んはぁ!」
追随して、私も桃色のあえぎを止め処なくもらしていく。
「ダメ、いく、出ちゃう……お願い、一緒に、ね、んっ!」
「す、すぐ、んっ! わたしも、いく、いっちゃう、から、あぁ! いこう、ね、いっしょ、に、はぁっ!」
やっと心を通じ合わせられた二人が、快楽の絆も深め通じ合う。
女の友情を深める行為としては、ちょっとあり得ない。
しかし私達にはお似合いだ。そう、モラルに縛られない私達には。
「いく、出ちゃう、もう、ダメ、あっ、いっ、いっちゃ、ん、ああぁ!」
「きて、いくから、わたしも、いっしょ、に、いっ、いく、いっ、んあぁ!」
彼女の男根を膣で締め付けるのと、彼女が擬似的な白濁液を私の奥へ放つのとは、約束通り同時だった。
「ねぇ、一つ訊いても良い?」
私は「親友」のエムプーサに尋ねた。
「本当に……彼の事を愛しているの?」
嫉妬しているから尋ねているのではない。彼女の言葉に少し引っ掛かる物を感じたから尋ねた。
「……よく判らないのよね」
彼女は今度こそ本当に、正直な想いを語り始めた。
「私にとって彼は、本来「良質な食料」でしか無いはずなのよ。セックスだって、その食材をいかに美味しく頂くか、そうね、調理方法の一つでしかないはずなのよ」
眉をひそめながら、彼女は続けた。
「けれど……なんだろう、私達淫魔に、そもそも恋とか愛とか、そういう感情があるのかもよく判らなくて……」
明確な答えは出て来ない。だが私は彼女の言葉に満足していた。
彼女も悩んでいる。彼との関係に。
だからこそ、私達は共感出来たのかも知れない。同じ男を愛する女性として。
そう、彼女も又彼を愛しているのだろう。ただ戸惑い、自覚出来ないだけで。
「ああごめん。もう一つ訊いて良い?」
答えのでない彼女の言葉を遮り、私はもう一つ尋ねた。
「……狙ったでしょ。私が「あんな事」始めるのを」
乾いた笑い声が、事実を証明した。
そんな事だろうと思った。冷静になった私の推理は正しかった。
彼女は淫魔。人間だろうと魔物だろうと、「性」に関する直感が鋭い。
スキュラから相談を受け、私の元に訪れようとした彼女は、偶然私が自慰を始める「雰囲気」になったのを察して、タイミング良く、ドアを開けたに違いない。
「だって、こちらから術を使う前に始めようとしてるんだもの。狙わなきゃ嘘でしょ?」
まあ確かに。私達は一緒になって笑い始めた。
私は又、この異国の地で同郷の親友を得られた。
彼との絆が縁で。
嫉妬せずに相談出来る、同じ男を好きになった親友。今私は蜘蛛の身体を持てた事を誇りにすら思っていた。