伝えたい事
〜アルケニー2〜

「糸が足りない?」
 私から持ちかけた相談。それは深刻なものだった。
 深刻なものなのだが、彼がこの意味を理解するまでには少々時間が掛かった。
「そう、糸。元々慢性的に不足がちだったけど、このままだと私が干からびるわ」
 私は今、服飾関係の仕事……デザインはもちろん、機織りも裁縫も全て自分でこなす手工芸の服飾デザイナーという「職」についている。
 私のデザインセンスは……まあ自分で言うのもなんですけど、あの「戦馬鹿」の女神に嫉妬される程……まあ、この話はさておき、元々「機織り娘」としてもデザインセンスに優れていた。
 そのセンスは服そのもののデザインにも当然影響し、そちらだけでもかなり評判が良い。
 自画自賛。でも、これは事実。
 けれど、私の真価はデザインだけではない。
 機織りの技術もかなりものもで、あの……いや、それはいいとして、私が織り込む布生地はとても品質が高い。
 いえいえ、技術だけの問題でもない。
 私が織る布生地。その生地に使われる糸が優れているから。
 その糸とは、私自身が生み出す「アルケニーの糸」なのだから。
「最近、スキュラやモーショボーから服を作るよう頼まれてるみたいだけど……そのせいか?」
 糸が足りない。その原因として彼が思いついたのは、単純に需要と供給のバランス。
「あーら、モーショボーはまだしもスキュラの注文が多いのはどうしてかしらねー」
 私はじっとからかうように……多少嫉妬の色も交えつつ……彼を睨み付けた。
 案の定、彼は余計な事を口にしたと顔をしかめている。
 モーショボーが最近、「コスプレ」を披露する相手が出来たらしく、あれこれと服を私に頼んでくるようになった。それは彼に直接関係ない話なのだが、スキュラがねだる「衣装」に関しては……少なくとも見せる相手が彼である以上、無関係ではない。
「ま、彼女達の服は「普通の生地」で作ってるから関係ないわ」
 私が服を作るパターンは、大きく分けて二通りある。
 普通の生地で作る場合と、自らの糸で織り込んだ布を使って作る場合。
 デザインした服の試作品を製作する時や、スキュラ達のような個人的な頼みを聞き入れて作る場合は、普通の生地を使う。
 この場合は当然、糸不足と何ら関係はない。市販の生地を買ってくれば良いだけだから。
 もう一方、私の糸を用いた生地で服を作る時。こちらが今回の糸不足に直結する問題となっている。
 私の糸には、「妖力」が込められている。
 当然その糸から作られる布生地にも、そしてその生地で作られる服にも、妖力が込められる。
 この妖力によって着ている者にどのような影響を与えるかは、「着ている者」と「状況」によって異なる。
 とはいえ、役目としては「保護」が主だった効果となりやすいのだけれども。それでも妖力が込められた服となれば、それ相応の価値と需要がある。
「すると……やはり俺からの注文が多すぎるって事か……」
 私が受ける注文は、彼に頼まれて制作する形が最も多い。
 妖精学者として依頼者などを保護する際、私の作った服を貸したり与えたりする為、彼が私に服の制作を依頼するのだ。
「と言っても、数を減らすわけにもいかないでしょ?」
 私も彼も、作る服に利益は求めていない。生産数に限度がある以上、本当に必要な人の為だけに作る必要がある。そんな「必要な人」の数を減らせ、というわけにはいかない。
「だから、糸そのものの生産力を上げるしかないわけよ」
 足りないなら作ればいい。言うが易いがこれはとても大変な事。
「そりゃそうだけど、どうやって? お前の身体に負担をかける事になるならあまり賛成できないぞ?」
 心配そうに私を見つめる彼の視線が、ほんの少し嬉しかったりする。
「大丈夫よ。ようは、効率性を高めるって話なの」
 私は聞きかじった知識を、得意げに披露し始めた。
「私の糸……というより蜘蛛の糸は、蚕の糸と同じで「フィブロイン」というタンパク質で出来ているの」
 蜘蛛と蚕、そして他の昆虫が作る糸のほとんどは、同じ「フィブロイン」を主成分として作られている。つまり私の糸は妖力を抜きに考えた場合、絹糸と全く同じ性質がある事になる。
 タンパク質はそもそもアミノ酸を主体としており、それはフィブロインも例外ではない。その為糸を多く生産したいのなら、この「フィブロイン」を構成するアミノ酸を多く摂取すれば良いのではないか、というのが私の考え。
「理屈はそうなんだろうけど……とりあえずそれなら、日々の食事に気を付けるって話だろ?」
 彼の言う通り、基本的には食事に気を使い、出来る限り効率よく必要なアミノ酸を摂取するように心がける事になる。
 この件については、既にシルキーやニスロクには相談済みで、実行中である事を私は彼に告げた。その上で、私は彼にしかできない相談を持ちかける。
「食事だけだと、やはり微々たる物なのよね。そこで、もっと効率よく接種する方法は無いかって相談したのよ」
 誰に? という問いかけを無視し、私は一本の薬瓶を取り出した。
「これはね、「男性特有の排出物」をフィブロインに必要なアミノ酸を含んだタンパク質に変える薬。特別に調合して貰ったの」
 誰に? と再び問いかけられた事も当然無視し、私は薬瓶を彼に手渡した。
「それを飲んで、その……ね。判るでしょ?」
「いーや、判らない。つーか、ちゃんと説明してくれよ」
 話の流れから察しているのだろうが、彼は断固説明を求めた。
 まったく、流れとかムードとか、そういうのがあるでしょうに……いや、彼の不安も判るんだけど。
「いつもの三人組」
「やっぱりあいつらか……」
 三人組と言うだけで通じる、この薬を調合した張本人達。本来なら妖精学者とは敵対するはずの、魔女と呼ばれる三人の女性達である。
 彼女達は魔力,魔法に関する知識が高く、そしてその活用技術も卓越している。その為今回の薬のような、普通ならあり得ないような物まで作り出してしまう。
 ただ彼女達はイタズラ好きで淫乱。そんな性格が妖精学者である彼をことある事にからかってしまう。
 その為、彼は魔女に対する警戒心がやたらに高い。
 高くなるのも当然かなと……伝え聞いた「イタズラ」の数々を思い起こし、私は苦笑いを浮かべる。
 しかし、彼女達は自分達の「仕事」にプライドを持っており、作り出す物に絶対の自信を持っている。
 なにより、彼女達の「根」は善良……のはず。
「まあ……「害」はないんだろうけど……」
 彼女達の性格を良く知っている彼は、薬瓶を手にしながら空いた手で頭をかいている。
「そもそもさ、どーして「男性特有の排出物」を変化させる薬なんだよ」
「さあ? 「アレ」もタンパク質から出来ているからじゃない?」
 私はとぼけた。理由は明白だから。
 あの魔女達が作る薬に間違いはないが、しかし真っ当な薬など作りはしない。
 そこが彼女達の「娯楽」でもあるから。
 だからこそ、彼はそこに「不安」を感じ、そして私は「期待」を感じていた。
「……判った。まあこれで君の助けになるなら……じゃあ、その……今夜、な」
 僅かに頬を赤く染め、軽く咳払いした彼は薬瓶を握りしめながら部屋を出て行った。
 私はそれを、ごめんねー、よろしくねーとすまなそうに見送りながら、心中で高らかに歓喜の声を上げていた。

 夜になり、彼が私の部屋へ訪れた。
 高鳴る鼓動が聞かれやしないかと心配になる程に、私の胸は激しくなっている。
 それを悟られないようにと、私は落ち着いて言葉を選ぼうと躍起になっている。
「あっ……もう飲んできた?」
 結局気の利いた言葉が一つも浮かばない。
 当たり障りのない事務的な事しか言えなかった自分を心中で罵倒する。
 いつもこうだ。もっと素直になれたらといつも思う。
 思いはするが、それを実行できた事など一度もない。
 それだから、こうして毎回「口実」を作って彼を部屋へ呼びつける事しかできない。
 私だってもっと、その……「良いムード」で始めたいというか、その……ともかく、口実なんか無くても、その……ああ、心で言葉を思い浮かべるだけでも照れてしまう私が、口に出来るはずもないか。
 今回の糸不足の件も、その深刻さよりもこれを口実にと考えた自分に、嫌気さえ感じる。
 感じながらも、やはり心躍る自分もいて、そして今は、そんな心を躍らせている自分が勝っている。
「えっと……一応説明するわね」
 興奮と心の葛藤を表に出さないよう冷静さを装い、確認の意味も込めて「魔女の薬」についての説明を始めた。
「飲んできて貰ったあの薬は、あなたの……「アレ」の成分を変化させる薬であると同時に、「量」を増やす成分も入っているの」
「え、量?」
 後半部分は初耳だと、彼は尋ね返してきた。
「うん。彼女達の話だと、効果は一晩三回分らしいの。その三回で出る量が、通常よりも多くて、初回よりも三回目がより多くなるらしいのよ」
 どれほどの量になるのかは私にも想像できないが、なんとなくその光景をイメージしてしまい
 私は頬が急速に熱くなるのを感じた。
「それで、その「摂取」も出来れば順番通りにやって欲しいらしいんだけど……」
 私の顔は、ますます紅潮していく。
「最初は……ここ」
 私は今開いている口を指さす。
「次が……「あそこ」で……」
 今度は指こそ差さないが、曖昧な言葉だけでも伝わったはずだ。
「最後が、その……」
 言い辛い。流石に、これは言葉にし辛い……。
「えっと……も、「もう一つの穴」って……事?」
 流れで何となく察していた彼が、私に代わって口にする。私は黙って頷いた。
「あの、は、初めてだけど、その、たぶん……大丈夫、だから……」
 もう彼の顔を正視できない。私は真っ赤になった顔を下に向けてしまう。
 私も魔女達から説明を受けた時は耳を疑った。まさか「あっち」でだなんて……。
 彼女達の話によれば、摂取する量を考えると「三点」から吸収すべきだというのだが……本当だろうか?
 おそらく、半分は本当で、半分は……彼女達特有の「イタズラ」だろう。
 彼女達は何も、彼ばかりにイタズラするわけではない。私だってターゲットにされる。それを覚悟した上で相談したのだから文句など無いけれど……やはりここまでは予測していなかった。
 これも、口実になると期待した私への天罰だろうか? まあ、私は神なんてこれっぽっちも信用していないけれど。
「と、とにかく始めましょう。じゃ、ベッドに座って……」
 私はうつむいたまま、彼にベッドへ腰掛けるよう指示をする。
 そして上半身だけ着ていた服を即座に脱ぎ捨て、顔を下に向けたままベッドに向かった。
「あっ……もうこんなに……」
 下を向いたままだったから、彼の顔を見るよりも早く彼の肉棒が先に目へ飛び込んだ。
 その肉棒は既に膨張しており、今にも一回目を射出してしまいそう。
「ごめん、薬飲んでそれなりに時間経ってるものね……」
 かなり辛そうだ。私は詫びの言葉を短く述べるとすぐに、彼の肉棒を口に含んだ。
「んっ」
 彼が軽く呻く。私はすぐに、唇を離した。
「我慢しないでね」
 目的はあくまで彼の肉棒から放たれる「アレ」の摂取なのだから、我慢する必要はない。
 それでも、我慢してしまうのが男心なのだろうか? 私の憶測でしかないけれど。
 それとも、少しでも私の唇と舌を楽しみたいと思ってくれているのだろうか?
 だとしたら……私は短い間だけでもと、舌を激しく動かし唇で肉棒を何度も擦る。
「んっ……ちゅ……くちゅ……ちゃ……んふっ」
 唇越しに、ピクピクと肉棒が脈打つのが伝わる。
 舌先はくぼみの周囲を舐め、舌の奥で肉棒の先端をぐいぐい押し込む。
 舌全体に、独特の「味」が広がっていく。
 味覚的には美味しい物ではなく、むしろ多少塩気を感じるのだが、何故か私はこの「味」が好きだ。
 彼の物を包んでいる。この感触と行為に、酔っているのかもしれない。
「んっ、もう……」
「あん、いいよ、出して……んっ、くちゅ……」
 より激しく、私は頭を動かしていく。
 その頭に彼が軽く手を添える。まるでもっともっとと急かすように。
「くっ!」
「んっ!」
 喉の奥に、勢いよく放たれる白濁液。
「んっ、けほっ!」
 聞いていた通り、普段よりも量が多い。判ってはいたがあまりの多さに私は全てを飲みきれずにむせてしまった。
 そうしている間にも、ドクドクと流れ出る液。
 勿体ないとでも思ったのか、私は咳き込みながらも出来る限り受け止めようと
 掴んでいた肉棒を顔に向け、顔面にたっぷりと白濁液を注がせた。
「あっ、ん……凄い量ね」
 ねっとりとした液を顎からしたたらせながら、私は手に付いた白濁液を舐め取った。
 美味しい。
 たぶんこれだけを舐めて美味しいとは感じないのだろうが、今の雰囲気が至極の味へと変えているのだろう。
 私は顔にこびりついている分も指ですくい、そして舐めていった。
「これ以上の量を出すとな……ん、あっ!」
「えっ? おい、大丈夫か?」
 急激に、喉の奥から胸元にかけて、激しい「熱」を感じ、私は喉元を抑えて呻いた。
 熱は次第に下へと広がり、胃にまで到達し、そして徐々に全身へと広がっていく。
 間違いなく、原因は彼から放たれた白濁液。
 何故? 薬の調合に失敗していた?
 いや……失敗はしていない。これは初めから仕掛けられていた「効能」だろう。
「はぁ、はぁ……だ、大丈夫……」
 私は息を荒げながら、心配する彼にこの原因となる「憶測」を話す。
「やられたわ……はぁ、あの薬、ほら、前にストラスがあなたに盛った、「あの薬」と同じ成分が……はぁ、たぶん、だけど……」
「あの薬って……あれか!」
 以前、彼は堕天使ストラスにとんでもない薬を盛られ、
 彼が知らないところで一人の小さな妖精に「とんでもない事」をさせる事になった事件があった。
 男性が服用すると、男性の「アレ」を強力な媚薬にしてしまうという薬である。
 実はストラスからその薬を分けて貰ってはいたが、使うきっかけが掴めないままになっていた。
 それをこんな形で飲む事になるなんて……。
 そういえば、魔女達は「あそこでの行為」に際して心配いらないと言っていたが……こういう事だったのね。
「ねえ……はぁ、はぁ、もう、我慢出来ないから……」
 息を荒げ、私は全身が薬の成分に犯され、そして思考も性欲に乗っ取られた事を自覚しながら、激しく彼を求めていた。
「私のはもう、はぁ、こんなだから……」
 彼をベットに座らせたまま、私は後ろ足二本で床を踏み、残った前足四本でベッドを踏み身体を支え、足と大きな腹の付け根にある私の秘所を見せつけた。
 そこはまるで、先ほどの白濁液を吹き掛けたかのようにねっとりと濡れていた。
「入れるわよ……」
 私の言葉を受け、彼は自分の手で肉棒を支え固定させる。
 彼の肉棒も、あれほど大量の白濁液を出したばかりとは思えぬ程に、再び大きく膨張していた。
「あんっ!」
「くっ!」
 私の中に、彼の肉棒を貫かせる。
 それだけで、二人ともいってしまいそうだった。
 いや、彼はともかく私は軽くいってしまった。
 二人とも、薬のおかげで身体が敏感になっている。軽い刺激も数倍の快楽となって全身を駆けめぐる。
 そんな状態なのにもかかわらず、いやそんな状態だからこそなのか、私は激しく腰を振り、彼の肉棒を何度も何度も貫かせる。
「いっ、あ、はあっ、ん、いい、あ、あん、あ、はぁ、きもち、い、いい」
 ベッドの片側に二人分の体重。その上で激しく動いたらベッドがひっくり返りそうだ。
 それでも私は激しく激しく、床とベッドに置かれた足に力を入れ、お大きなお腹を揺すり腰を動かす。
 いつの間にか、私は中間の足二本で彼の胴を、そして二本の腕で彼の頭をかかえていた。
「くっ、ふぐ、く、苦しい……」
 彼の頭は、ちょうど私の胸のあたりに来ている。
 彼の頭をかかえると、顔を胸の谷間に埋めさせる形になり、彼は息が出来なくなってしまう。
 彼の抗議がどうにか私の耳にはいる。私は腕の力を弱めるが、謝罪する余裕まで無かった。
「いあ、ん、あっ、いい、の、いい、あ、そこ、なめ、ん、なめ、て、もっ、ん、あん、いい!」
 謝罪もしない私の態度を叱るどころか、彼は自由になった顔を今度は自分から胸に近づけ、そして乳頭に吸い付いてきた。
 腕を私の後ろに回し、抱きつくようにして胸を吸い舐める彼。そんな彼の頭に私は手を乗せ、もっともっととせがむ。
「きもっ、ち、きもちっ、いい、ん、あ、いい、の、いい、あ、い、そ、いく、いくっ!」
 彼を抱く真ん中の足に力が入る。私乗せに回された彼の腕にも力がこもる。
「あ、い、も、もう、ん、いっ、いく、ん、いっ、いくっ!」
 私の足と彼の腕が、二人をぎゅっと引き寄せる。
 より二人が密接している場所。そこは双方の敏感な物が交じり合っている。
 ビクビクと彼の肉棒が脈打ち、ドクドクと私の中へと快楽の証を注いでいく。
 見えてはいないが、私の中から彼の白濁液は溢れているのが判る。溢れた液がお腹を伝わっていくのを感じるから。
「沢山出てる……沢山出てるよぉ……」
 息を荒げながら、私は事実を口にする事で精神的快楽を得ようとしている。
 私は、彼が私の中に放ってくれた事そのものを快楽だと感じている。
 彼が私の中に。それだけで幸せになれる自分がいる。
 その一方で、貪欲な私はまだまだこの幸せを望んでいた。
「次……お尻、お尻にぃ」
 始める前は、口にするのも恥ずかしがっていた「お尻」という単語。
 それを私は躊躇無く口にしている。
 そんな事に後から気付き、恥ずかしさを覚えながらも、私は次の欲求に耐えられなかった。
 まだ繋がっていたいと後ろ髪引かれながらも、私は自分の腰を彼の腰からどけ、そしてクルリと器用に反転する。
 座ったままだった彼はベッドから腰を上げ、後ろ向きになった私のお腹を両手で持ち上げる。
「さすがにこのままじゃまずいな」
 持ち上げた私のお腹を一度下ろし、彼は私と彼のでぬるぬるになっている肉棒を手で拭い、そのぬめった液を手に取った。
「ちょっと濡らすよ」
 そう言って彼は、置かれたままの私のお腹……いやその先端となるお尻に手を伸ばす。
「……ん?」
 不意に、戸惑いの声が上がる。私は彼が何に戸惑っているのかを察し、助言する。
「下の穴、そっちがお尻の穴だから。そこに、早くぅ」
 私のお尻には糸を出す穴もある。お尻の穴がどちらなのか、彼は判らなかったのだろう。
 私に指摘された彼は、ぬめった手で私のお尻の穴をなで回し始めた。
「んっ! あはっ」
 初めて感じる、お尻からの快楽。
 初めてなのに、こんなに感じるものなのだろうか?
 薬の効果によるものなのは判っている。けれど、こんなに気持ちいいなんて……。
「ひやっ!」
 なで回すだけだった手。そこから一本の指が私のお尻の穴へと入ってくる。
 それだけで、私は快楽の衝撃が脳天にまでビリリと到達してくる。
 でも、指だけじゃ……。
「もう、いいから……ね、入れて、入れてよぉ」
 これほど大胆に彼を求めた事なんか、今まで無かった。
 肉欲に支配されているからとはいえ、ここまで素直に、ストレートに、求めるなんて……。
 一皮むけばこんな物か。
 肉欲に心を乗っ取られている中で、僅かに残っていた思考が私を罵った。
 素直になれないと悩んでいた自分なんて、一皮むいてしまえばこの通りなんだ。
「あぁっ!」
 悲観的な思考も、彼の挿入で消し飛んだ。
 彼は両手で私のお腹を持ち上げながら、激しく腰を動かしている。
「あ、ん……い、いいよ、これ、も、きもち、いいっ!」
 私はお尻を彼に預けよがりながら、両手で自分の胸を激しく揉んでいる。
 少しでも快楽を得ようと、私の腕は胸を激しく揉み続ける。
 快楽の為? そうかもしれないが、そうではないような気がする。
 彼が後ろにいる以上、私から彼には触れられない。そんな寂しい私の腕は、自分の胸を揉む事しかできない。
 寂しい。快楽に溺れながら、心のどこかで寂しさを感じていた。
 気持ちいいのに、何故?
「ね、ねぇ、おねが、い……こえ、こえだして、ね、よんで、わたしを……」
 そうだ。私は彼を求めている。
 肉欲に溺れ支配されながら、私は彼に抱かれる事をずっと求めている。
 間違いなく、今私を後ろから抱いてくれているのは彼。
 だけれども、お尻からでは彼の姿は見えず感触も伝わらない。その寂しさが私には耐えられなかった。
「アルケニー……アルケニー、好きだ、好きだよ」
 ああ、彼の声がする。好きだと言ってくれている。
 彼も普段は、好きだなんて言ってくれやしない。でも今は、今だから、彼は私に愛を囁いてくれる。
「アルケニー、好きだ。今だけで良いから、俺の事も愛してくれ……」
 今だけで良いから。彼の口癖だ。
 多くの女性に愛を囁いてきた彼は、他の女性と同じように私にもその口癖を囁く。
 嫉妬は……する。だけれども、それ以上に私は嬉しかった。
 彼の言葉は口癖でも、真実だから。
 愛してくれている。私はそれを今実感している。
「うん、うん、わたしも、あいして、る、から、ずっと、あいしてたか、ら、ん」
 今だけから言える言葉。私は今まで言えなかった言葉を、恥ずかしげもなく、高らかに語る。
「いまだけで、いいか、ら、あなたも、あいし、て、わたしを、ね、あい、して、あっ、すっ、すき、すきだから、 ん、あんっ、い、いい、すき、きもち、いい!」
 快楽の為だけじゃない。薬の為だけじゃない。
 私は彼への愛を快楽へ、快楽を愛へと何度も巡回させていく。
「アルケニー、いいよ、俺も気持ちいいから、好きだから、そろそろ、ある、アルケニー!」
「うん、すき、わたしも、すき、いい、きもち、いい、すき、いい、あっ、いく、すっ、いっ、あっ、い、あぁ!」
 愛の証が大量に注がれてくるのを私は実感しながら、意識が遠くなっていくのも同時に感じていた。
 愛に包まれながら。

 目が覚めた時は、ベッドの上だった。
 ベッドの脇では、彼が心配そうに私を見つめていた。
「あっ……」
 軽く声を上げた途端、私は急速に顔が紅潮していくのを実感し、思わず布団の中に顔を隠してしまった。
「あの……と、とりあえず、大丈夫そうだね」
 私の反応に戸惑いながら、彼は布団にくるまる私に声をかけた。
 私はと言えば、恥ずかしくて返答も出来ないまま。
「あの、なんだ……あの薬はちょっと、「度」が過ぎるな。糸の問題は別の方法を考え……」
「ダメ!」
 折角の「口実」が無くなる! それに慌てた私は布団をはねのけ起きあがり、彼に抗議してしまった。
「って……いや、その、ね。ちょっと「イタズラ」が過ぎるけど……一回やれば彼女達だって気は済むでしょ。ちゃんと調合した薬を作って貰えば大丈夫よ」
 咄嗟の言い訳ではあるが、私の推測におそらく間違いはない。
 今回の事は……まあどこかで「見ていた」と思う。あれだけの現場を見せてしまったのだから、満足してくれなければ困る。
 それに彼女達、「根」は善良なはずだから……。
「……まあ、君がそこまで言うなら構わないけど……」
 腑に落ちない点はあるのだろうが、あまり難しい顔をされるのはこちらとして面白くない。
 そんなに、私との……その、夜を一緒に過ごすのが嫌なの? そう勘ぐってしまいそうだから。
「ただこれだけは約束してくれ。あれだけ激しい事になるんだから、身体にだけは気を使ってくれ。そもそも、糸を身体に無理してまで大量に生産する事だって、本当に大丈夫なのか判らないんだから」
 ああ、彼は私の身体を気遣ってそんな顔をしていたのか。それが判ると、今度は逆に嬉しくなる。
「大丈夫よ。無理は絶対にしないから」
 私は彼を安心させようと微笑んで見せた。
 そんな私の顔を見て、彼が頬を赤らめている。反応が可愛らしいなんて言ったら、怒るかしら?
「それとさ、糸の事なんだが……」
 指で頬をかきながら、彼が一つの「意見」を述べてきた。
「俺の服、あっちの量を減らせばいいんじゃないか?」
 言われてしまった。あえて私から口にしなかったのに。
 今彼が着ている服は全て、それこそ下着からコート類に至るまで、私の糸を使って作られている。
 妖精学者である彼は、妖精や妖怪,悪魔ですら「友」として接しているが、全ての者達が友として接してくれるわけではない。
 だからこそ、彼には常に「保護」が必要。全ての服に私の糸を使う必要がある。
「服なんてさ、2,3着くらいあれば充分だろ。そんなに沢山必要ないしさ……」
 これだ。私は頭に手を当て軽くかきむしる。
 元々服に執着もファッションセンスの欠片もない彼は、「着られれば充分」というスタンスでいたらしい。
「ダーメ。何度も言ってるでしょ? 妖精達を相手にするのと違って、人間相手は印象が大切なんだからね」
 だが妖精学者としての活動は、当然人間が相手になる事もある。あるというより、その方が多い。
 そうでなくとも見てくれがあまり宜しくない彼が、社会的に信用される為にもファッションは重要なのファクター。
 それを理解できないから服に無頓着なのだろうけど……。
「そもそも、このアテナをもひれ伏させたデザイナーを前に、そういう事は言わないの!」
 ひれ伏されるどころか呪いをかけられたわけだけど……まあそれはさておく。
「いや、まあそうなんだろうけど……」
「そうなの! いいから、その事は任せて!」
 変なところで優柔不断なくせに、変なところで強情だ。
「判ったよ……とにかく、無理はしないでくれよ?」
 納得はしていないが、これ以上は何も言えないと彼は反論を避けた様子。
 まったく、ちょっとは気付いてくれても良いんじゃな? 私は鈍い男に腹を立てていた。
 彼に恥をかかせたくない。そういう女心を察してくれても良いと思うが……彼では無理か。
 私は心中で溜息をついた。
 それともう一つ。私にとって彼の服を作る事自体が幸せなんだという事も気付いて欲しい。
 私の服が、彼の為に、彼の保護になるなら、私は枯れたって糸を絞り出し服を作りたい。そんな気持ちを素直に伝えられないから、察して欲しい。
 なんて……さすがにこれは都合が良すぎる。私は又心中で大きく溜息をつく。
「それとまあ、その……あの薬を使うなら、なんだ、今度から日程とか、ある程度決めるか?」
 急に話が戻り、私は戸惑いながらまた頬を軽く染めてしまう。
「あっ、うん……まあそれはまた後で……」
 言葉は濁しているが、私は声高々に歓喜したい気持ちでいた。
 口実付きとはいえ、彼と一緒にいられる日が増える。こんな嬉しい事はない。
「じゃ、「あいつら」には俺から伝えとく……つーか、俺も色々言いたい事あるからな」
 苦々しい顔つきで、遠くの「天敵」を睨んでいる。
 またいじられないと良いけどと心配はするが、口にはしなかった。
「それじゃ、おやすみ」
 挨拶を最後に、部屋を出て行こうとする彼。
「あっ!」
 私は咄嗟に声を出してしまった。
 彼は私の声に反応して立ち止まり、戻ってきた。
「いや、ううん、なんでもない……」
 もっと気の利いた言葉はないの! 私は結局普段通りの自分に戻っている事を腹立たしく感じていた。
 あれだけ素直に口に出来た言葉も、もう恥ずかしくて言えない。
 ここで言いたいのに、素直でない私からは言えなかった。
「……俺じゃ説得力ないかもしれないけど……好きだよ。おやすみ」
 軽く頬に触れる、彼の唇。そして部屋を出て行った彼。
 私は、「私も」と何故すぐに言えなかったのかと自分を攻め立てながら、布団にくるまり何度ももんどり打っていた。

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