mon seigneur
〜ヴィーヴル2〜

「セックスカウンセラー? おいおい、ちょっと待てよ」
 モーショボーの言葉に、館の主である妖精学者が驚いている。
「どこのエロ漫画だよ。それともエロ小説か?」
 あまりに現実的でないカウンセリングに、学者は呆れてらっしゃる様子。
「いいから、話を聞きなさいよ」
 少女は私から聞いた話をかいつまんで、「ほぼ」ありのままを伝えた。
 私が過去、下劣な賊に「ヴィーヴル・ガーネット」を奪われ純血を失った事。そしてその事で性的な悩みがある事を。
「で、彼女の悩みを解決するには、あんたとやっちゃうのが一番なのよ」
 少々下品な言い回しではあるが、少女が提案する「解決案」とは、つまりそういう事になる。
 欲求不満なら、満たせば良い。少女の理論は正しいと思われるが、ただ解消するだけが問題ではない。
 植え付けられてしまった性癖をどうするか。そこが一番の問題。
 これは、ただ性交すればよいというものではなく、根本から治療する為には、「ヴィーヴル・ガーネット」を持った者に命令を「上書き」してもらう必要がある。
 その相手には、妖精学者が最適だろうと少女は言う。
「あれでしょ?「学者」って肩書きをコインでスクラッチすると「棹師」って出てくるんじゃなかったっけ」
「出るか!」
 数々の「同族外の」女性と浮き世を流したと噂される妖精学者。噂は本当らしい。
「とにかく、今夜だけで良いから。大丈夫、「普通に」やるだけでいいんだからさ」
 眉をひそめながら、学者が困った顔でこちらをチラリと見ている。
 私は声を出さず、深々とお辞儀をした。これが決定打になったよう。
「……まあ、本人が望むんなら……」
 彼の心配事は、少女の暴走だけで願い出ているのではないのか、という点だった様子。私が頭を下げた事で、私も了解している事だというのが伝わったようだ。
「OK。じゃ、今夜頑張ってねー」
 人ごとというか、楽しんでるようにすら見える少女は、私達二人に向け両手で投げキッスをし、テケテケと去っていった。
「あっ、あの……このような事をお願いするのは恐縮ではございましたが……よろしくお願い致します」
 真っ赤な顔を向けるのが恥ずかしかった私は、再度深々と頭を下げる事で直視されるのを避けた。
「あっ、いや、その……じゃ、じゃあ、今夜ね……」
 照れているのは彼も同様だったらしく、たどたどしい言葉を残しそそくさと場を立ち去っていく。
 私はその場で、左手を胸に当て逸る鼓動を感じながら、それが静まるのをしばし待っていた。
 これからの事を考えると、その鼓動は一向に沈んではくれなかったが。

 月が煌々と館を照らす、夜。
 私は今宵の相手……館の主、妖精学者と食事を共にし、すぐに寝室へと向かった。
 連れ添って歩く間も、私達は一言も言葉を交わさなかった。
 二人とも照れており、そして緊張していた。
 男女が交わす情事。それも初めての相手となれば、照れも緊張もしようというもの。
 女としては、あまり男性に緊張ばかりされては不安になるが、私は少し、安堵していた。
 数多の女性と、数多の夜を過ごしたとされる館の主。そのような殿方なら女性の扱いに手慣れすぎて、むしろ軽率に扱われてしまうやもと思っていたが、今でも初めての相手にこれほど緊張する方。それだけ、大切にして下さるのだろうと、私はそう感じていた。
「あ、あのさ……一応「治療」だから、「命令」ばかりで言葉遣いも変になるけど……気にしないでくれ……」
 あまりにぎこちない言葉に、私はクスリと笑ってしまった。彼の緊張は、これがただの情事ではない事にもあるよう。
 食事の時も、モーショボーとシルキーの二人に散々耳打ちされていたようだが、どうやら「命令」を忘れないように、ということを何度も聞かされたみたい。
 彼は「ヴィーヴル・ガーネット」がどのような物かを知っている。
 手にすれば膨大な魔力を物にし、私を服従させる事が出来る宝石だと。
 しかし彼は、魔力と服従の効果が相乗し「言霊」となって私に深い影響を与える事は知らない。
 私の性癖は初体験のトラウマ。そう、彼には説明してある。
 つまり「命令の上書き」によって治療するのではなく、正しい……というと語弊がありそうですが……性交を行う事で治療とする、と彼は思いこんでいる。
 これは「言霊の事を知ったら、気を使いすぎてまともなセックスにならない」という、モーショボーの助言に基づいて提案が成された事。よって、これから彼が私にどのような「命令」をするかは予測が付かない。
 もしかしたら、あの賊よりも酷い仕打ちをされるかもしれない。そうなれば治療どころではなくなる。
 しかし、その様な心配は無用だろう。
 この人ならば。
「では……お願いします」
 私は自ら額のガーネットを外し、両手で彼にそっと差し出した。
 彼は黙って私のガーネットを受け取ると、深く息を吐き出し、ぎゅっとガーネットを握りしめた。
「……キスをして……しろ。そして、俺を感じてくれ」
 ああ、始まった。命令が。
 口づけ。ただ唇を重ねるだけではなく、彼は「俺を感じろ」と申される。
 身体に、ピリリと何か電気が走ったような感触を受けた。
 言霊の力。優しく、暖かく、心地良い。
 彼の言葉に乗せられる魔力と想いを全身で受け止め、私は急速に高揚していく。
 私は命令に突き動かされ、そっと唇を近づける。
 軽く触れた、二人の唇。そしてどちらかともなく、互いの唇の間に舌を割り入れていく。
 くちゅ、と湿った音が軽く、しかし明確に耳へと届く。
 その音が心を躍らせ、舌の動きを激しくさせる。
 くちゅくちゅと、何度も立てられる音。私達は夢中で、舌を絡ませ唇を押し合う。
 感じる。彼の情熱と愛情を。命令通り、私は彼の舌と唇から彼そのものを感じていた。
 激しく、優しく、絡む舌。
 これだけで全ての性交と成り得るのではないかと思える程に、私達は舌同士で抱き合う。
「……次は、俺の……し、尻の穴を、舐めろ。美味そうにな」
 彼は私が賊に舐めさせられた事を聞いており、「治療」の為には必ず命令するようにと言い含められていた様子。
 恥ずかしそうに命令するその姿が愛らしい。
 私は命じられるまま彼の背に周りひざまずき、彼のお尻の前に顔を近づけた。
 そして彼の肛門へと舌先を伸ばし、舐めた。
 ……美味しい。私は彼に「美味しそうに」と命じられたからそう感じているのか。
 それだけではない。何故かそう思える。
 彼はモーショボーに言い含められていた事から、事前に「ここ」を丹念に洗っていたよう。
 清潔にされていた為、排泄物の味はしない。
 それでも、私には極上の果実のように美味しく感じる。
 私は夢中で、ぴちゃぴちゃとなめ回す。
「くっ……気持ちいいよ……」
 ピクリと、私は彼の言葉に身体を反応させた。
 彼の言葉を聞き、私は悦楽を得ている。
 ああそうか。「美味しい」とはこういう事か。私は身体でそれを理解した。
「そこはもういいから、今度は前のを舐めて……舐めろ。丹念に味わえ」
 名残惜しそうに、しかし新たな「ごちそう」を味わえる喜びに心満たしながら、私は顔を離し、彼が反転するのを待つ。
 顔が離れた事を確認した彼は、くるりと反転し、私の前にそそり立つ見事な肉棒を見せつけた。
 思わず魅入ってしまう私。しかしそれでも唇は魅惑的な肉棒へと近づける。
 軽くキス。そして舌を出し、根本から舐め上げる。
 ゆっくり丹念に、命令通り私は肉棒を綺麗に舐め回す。
 そしてくぼみの部分を今度はチロチロと小刻みに舌を動かし、やはり丹念に舐め尽くす。
「うっ……ん……」
 彼の軽いうめき声ですら、言霊となって私に響く。
 彼の快楽が、私の快楽。
 私はいつの間にか、「奉仕」という「性癖」を新たに上書きされていた。
「今度は……そのままくわえてくれ」
 下される命令。もはや命令そのものが悦楽になっている。
 言霊の効果は私の、そしておそらく友人達の予想よりも遙かに上回っていた。
 むろん、嫌ではない。むしろ至福。
 私は夢中になって、まだ大きくなろうとする肉棒をくわえた。
 舌で舐め回しながら、唇でしごく。激しく、愛おしく、私は頭を何度も前後させた。
「くっ……出る、そのまま飲んで……」
 ビクッビクッと、肉棒が跳ねる。
 彼が快楽の頂点に達した証が、私の口内へと流れ込む。
 私は肉棒をくわえたまま、その証を全て、喉を鳴らし飲んでいく。
 勢いが衰えても、私は全てを飲み込もうと吸引し肉棒の中に残っている物も吸い取り飲んでいく。
「……あはぁ、美味しい……」
 私は微笑み、彼を見上げた。
 そんな私の顔を見ながら、彼はゆっくりと私の髪を撫でる。
 至福の一時とは、この事を言うのだろうか。撫でられる髪ですら、私に幸せと悦楽をもたらしてくれる。
「次は君の番だよ。足を開いて、俺によく見せて。そして、自分で「いって」ごらん」
 これも、私が賊に受けた屈辱の一つ。
 でも、彼の前で屈辱など感じる事はない。むしろ全てを見て欲しいとさえ思う。
 ここでも、新たな「性癖」が上書きされている。
「なんだ、もう随分と濡らしているね」
 広げた脚の間は、ずぶずぶに濡れていた。
 こんな事、賊にされた時にはなかったのに。
 あの時に「快楽」を覚えたからこうなったのか、それとも彼に命令されて行ってきた「快楽」がここまで濡らせたのか。
 おそらく、両方だろう。
 私は彼に指摘された言葉すら言霊として受け取り、より濡らしているのを指で確認した。
「見て下さい……私が「いく」ところを……」
 命令もされていないのに、私は恥ずかしい事を口走る。
 羞恥心はある。あるからこそ、感じている。
 私はその快楽を更に深める為、くちゅくちゅと音を立てながら指を動かした。
 小さく突き出た突起と、その下にある深い穴。
 私は両手の指でそれぞれをまさぐり、中からあふれ出る蜜をより増していく。
「はぁ、あっ、ん……見て、ちゃんと、見て……んっ、見て、ください……ああ!」
 自然と、指の動きが速まる。
 私は彼の視線を感じながら、声を上げ全てを快楽へと転換させていく。
「いい、いく、いきます! 見て、見て! ん、あ、ああ!」
 ガクガクと身体が震える。私は、自らの指で頂点に達していた。
 あふれ出る蜜が止まらない。
 流れ出るままにしていたその蜜を、私は指ですくい一舐めする。
「あっ!」
 蜜をなめたのは私だけではなかった。
 いつの間にか私の股間に顔を近づけていた彼が、直接私の蜜を舐めている。
「いいよ、そのまま感じて」
 私が彼のお尻を舐め回したように、彼が私の股間を舐め回している。
 私は命令通り、彼の行為全てを感じていた。
 自分の指とは違う感覚。同じ事のはずなのに、全く違う快楽が身体を突き上げていく。
「……それじゃ、行くよ」
 顔を離し、彼は私の股間に己の股間をあてがっている。
 そして、一気に、彼の肉棒を私の中へと突き入れた。
「ああ!」
 その瞬間、私は声を荒げ迎え入れた。
「そのまま、感じて。「変な男」の事なんか忘れて、俺を感じて!」
 変な男? 彼は誰の事を言っているのか……私には見当が付かない。
 解るのは、今彼が全ての情熱を私に向けてくれている事。
 何度も突き入れられる肉棒の快楽と共に。
「あっ、は、ん……い、いい、きもち、いい、です……」
 突かれる度に上げられる、あえぎ声。私は命令通り、彼の全てを感じている。
「いいよ、気持ちいいよ……」
 彼もまた、悦楽の声を上げている。その声はもちろん、私に言霊となって響きより私の快楽を増幅させていく。
 彼は寝そべっていた私の半身を持ち上げ、ぐっと抱きしめた。
「今だけ、今だけで良い。愛してくれ。俺を愛してくれ」
 私の心が、完全に束縛された瞬間。
 愛という従属を命じられ、私はそれを喜びと共に受け入れている。
「はいっ、はい! 愛して、おります。愛して、おります!」
 いつの間にか、私は瞳からポタポタと幸福の涙をこぼしていた。
 我が一族の幸せ。女性しか存在せぬ我が一族の、最高の幸せ。
 私はついに、手に入れた。
「いく、いきます! ああ、モン・セニュール! セニュール!」
 我が君。私は何度も母国語で叫んだ。
「いきます、モン・セニュール! ああ、ああ!」
 互いが同時に頂点に達する。
 肉体の絶頂と、精神の絶頂へと。

「ちょっ、それってつまり……」
 ご主人様が私にガーネットを返却されてから、私は此度の事を「全て」明かした。
 言霊の事を。
「はい。おかげで、私は今とても幸せです、モン・セニュール」
 私の悩みは解消され、そして幸せを得た。
 これほど喜ばしい事はないはずなのに、ご主人様は戸惑っていらっしゃる。
「いや、でも……そんなつもりがあったわけでは……」
 不可抗力。それは否めません。
 しかし「責任」をとって貰わない事には、私が困る事になる。
「でもさ、俺は「今だけ」って言ったわけだから……君の「愛」は今夜限りなんじゃないの?」
 ご自分の発言に責任を持とうとしないなんて。
 それでも私はご主人様を攻めはしない。何故ならば、私はご主人様を愛しているから。
「おっしゃった「今」は、今夜だけという意味でしたか? 言霊は字面のままの意味ではなく、そこに込められた全ての「想い」が伝わります」
 私は感じていた。ご主人様の愛と、そして言霊を。
 今だけ。ご主人様は字面のままを言霊にはしていない。
 永遠に。少なくとも私はそう受け取っている。
 悪く言えば惚れっぽいご主人様。それでも、あの時の言霊は本物で、そして責任を取ってくれると私は信じている。
「お願いがございます、モン・セニュール」
 私は一度返されたガーネットを、静かにご主人様の前へと差し出した。
「私のガーネット、改めて受け取って頂けませんか?」

「行ってらっしゃいませ、モン・セニュール」
 翌朝、私はスキュラと同じメイド服を着込み、外出されるご主人様を見送っていた。
「……まさかこんな事になるとは思わなかったけど……結果オーライ?」
 私と共にご主人様を見送っていたシルキーが、私に声をかけた。
「ええ。私、幸せですから」
 微笑む私の額には、ガーネットが輝いている。
 結局、ご主人様は私のガーネットを受け取っては下さらなかった。
 ご主人様曰く、「言霊を上手く扱えない俺に、それは危険すぎる」と。
 言葉の一つ一つに私が影響を受けてしまうのは、私がいつしか私でなくなると、ご主人様は心配して下さった。
 見方を変えれば、私の「愛」は偽りの愛。作られた愛だと言われた。
 確かに、私のご主人様に対する愛は、言霊の命令があってこその物。
 しかし私には、この愛を偽りだと否定するつもりはない。
 そう暗示をかけられたから……といわれるでしょうが、それだけではないと、私は信じている。
「まあ正直、言うと思ったのよ。私にも言うんだもん。「愛」なんか知らないって言ってるのに」
 いつの間にか横に並び立っていたモーショボーが、愚痴るようにこぼす。
「スキュラなんかに言わせると、「惚れっぽいけど、誰にでも本気なのが良いのよ」なーんていうんだろうけど……どーなんだか」
 愛を知らない少女には、理解しがたい話のよう。いえ、彼女でなくとも、一般的には理解しがたい話でしょう。
 それでも、私はご主人様の愛を信じている。
 その「証」を私は指で触りながら、確信する。
 ガーネットを受け取らない代わりに、ご主人様は「金の首輪」を私にはめて下さった。
 我が一族が従属することを示す証。
 妖精学者であるご主人様は、我が一族の仕来りを存じてらした。
 ご主人様はこれを従属ではなく愛の証として、私にはめて下さった。
「さて、お掃除でもしてしまいましょう。色々教えて下さいね、先輩」
 先輩は止めてと、友人が私を叱りながら共に屋敷内へと歩いていく。
 人からは、偽りの愛だとか操られた愛だとか、言われるだろう。
 私はなんと言われようが、一向に構わない。
 退屈でしかなかった日々に別れを告げ、これからは毎日を充実して過ごせそう。
 私は、愛を得たから。

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