汚された淑女
〜ヴィーヴル1〜

 祖国フランスより遠方の国、日本。
 私はここ東洋の島国で、イギリス出身の友人が入れてくれた紅茶を飲みながら、モンゴル出身の少女と談笑している。
 普通に考えれば、とても奇妙な光景。けれど、ここはこのような光景が日常の場。
 ありとあらゆる国から、多くの「来客」が訪れる屋敷。
 私も、そんな来客の一人。
「イギリス式で申し訳ないけど」
 真っ白なメイド服を着た友人、シルキーがお茶菓子となるスコーンをテーブルに置き、自らも席に着いた。
「とんでもない。私はこのスコーンを楽しみにしてますのよ」
 世辞ではない。私は彼女の焼くスコーンがとても好きだ。
 見た目は同じようでも、紅茶の種類や季節,天候、そういった事まで考慮して、甘味などを調整する気配り。
 かの堕天使ニスロクも彼女のスコーンは絶賛する程。
「今度は是非、私にタルト・フィグ(イチジクのタルト)でもごちそうさせて下さい」
 彼女とは、フランスとイギリスのティータイムについて熱弁を振るう仲。
 私の申し出はつまり、「次は私が紅茶を入れます」という意味にもなる。
「楽しみにしてるわ」
 互いに微笑み、入れ立ての紅茶で唇を潤わせた。
「私にはイギリス式もフランス式も、大差ないけどね」
 脚をぶらぶらさせながら、モンゴルの愛らしい少女がティーカップに向けてふぅふぅと息を吹きかけている。
「それで、何の話をしていたの?」
 スコーンを焼いている間、談話に加わっていなかったシルキーが私達に尋ねた。
「あれよ、この前の拉致事件。前に話したじゃない」
 先日、この愛らしい少女……モーショボーが人間の男二人組に拉致されるという騒ぎがあった。
 むろん、彼女がただ拉致され暴行を受けた、という話で終わるはずがない。
 結果としては、彼女が男達の「精」を吸い尽くし、「お仕置き」と称して彼らの痴態を人間社会にばらまく、という事で幕を下ろした。
「大変でしたわね」
 どちらが大変かと言えば、拉致を行った男達ではある。しかし同情の余地などあるはずもない。
「本当は脳髄も吸い取ってやろうと思ったけどね。ま、そこは「あいつ」に免じて「交換条件」で手を打ったけど」
 あいつとは……今私達がいる館の主。妖精学者という職に就く、人と私達の橋渡し役。
「そういう話、ないの?」
 少女が私達に話を振ってきた。
「家付き妖精の私に、拉致は縁遠いわ」
 白いメイドは苦笑いを浮かべた。
 少女は拉致の体験談を私達に求めてはいないだろう。ただ話の流れから話題を振ったに過ぎない。
「拉致とは違いますけど、私にはありますよ」
 だから、私の言葉に二人は驚きの表情で顔をこちらに向けた。
「あるの!」
 興味深い。そんなキラキラした瞳で、少女が好奇心旺盛に尋ねてきた。
「あまり、他人様に話すような事ではないのですが……」
 私はこう前置きした上で、過去に受けた屈辱的な話を二人に聞かせた。

 それは、私がフランスの古城に居を構えていた頃の話。
 主を失い、朽ち果てた古城には、「人」の気配は微塵もない。
 あるのは、「人」ではない私の息吹。私はここで、一人暮らしていた。私達「ヴィーヴル」は群れず一人で暮らす者がほとんどだから。
 これが当たり前の生活。
 当たり前だが、退屈な日々。
 やる事といえば、私が所有する「財宝」を自ら番をするくらい。ただ日々をいつも通りに暮らしていた。
 けれどごく希に、来客が訪れちょっとした刺激を残していく事もある。
 私の財宝を狙う人間達。招かざる来客を軽くあしらうのが、時折訪れる刺激。あまりに手応えが無い。だから「ちょっとした」刺激にしかならなかった。
 そんな日々が続きすぎたのだろうか。
 ある日、私は大きな油断……屈辱的なミスを犯してしまった。
 喉を潤す為、私は龍の姿になり川へ向かった。
 私の額には、特別な力が備わったガーネットがある。川の水を飲む時、どうしてもこのガーネットが濡れてしまう。それを嫌った私は、川の水を飲む時はこのガーネットを一度外してから飲んでいた。
 この一時の隙。私はあろう事か、姑息でずるがしこい人間に、外しておいたガーネットを奪われてしまいました。
「やったぞ! 念願の「ヴィーヴル・ガーネット」を手に入れたぞ!」
 男は私から奪い取ったガーネットを握りしめ高らかにかかげ、高らかに笑っている。
 人がそれを保てば、膨大な魔力を授かる事が出来る。
 その為、私からガーネットを殺してでも奪い取ろうと、時折私の元に訪れて来た。
 しかし正面から私に挑み勝てる人間などそうはいない。これまでは軽くあしらってきた。
 だからこそ、このような卑劣な手段で奪われるなど予想すらしていなかった。
 いや、予想しなければならなかったはず。
 人間とは、浅ましく卑劣な種族だと判っていたのだから。
「さっ、さあ! おぞましい龍め。まずは俺を財宝の在処まで連れて行って貰おうじゃないか!」
 男はあろう事か、私に対し命令してきた。
 このような命令など聞くまでもなく、すぐにでも頭から丸飲みしてやりたかった。
 だが、私にそれは出来なかった。
 黙って背を向け、私は男を背に乗るよう促してしまう。
「おっ……よっ、よし。大丈夫だな。伝承通りじゃないか」
 男の言う伝承。
 それは、ガーネットを手に入れた者は、元の持ち主……つまり私を支配できるというもの。
 そしてその伝承に偽りはない。私は屈辱に心を焼かれながらも、男の命令には逆らえなかった。
 悔しさに歯ぎしりしながら、私は男を背に乗せ古城へと帰っていった。

「はは、はっははははは! 見ろよ、財宝だ……財宝だよ! これで俺は巨万の富って奴を手に入れたんだな! やった、やったぞ! ふははははは!」
 ジャラジャラと、手で何度も金貨や宝石をすくい上げては指の間からこぼし、そしてまたすくう。
 山積みされた私の財宝に跪き、男は高笑いを上げ続けている。
 醜い。なんとも醜い生き物か。
 こんな男に、今私の「全て」が握られている。そんな自分が悔しく情けなく、そして悲しかった。
「くくく……金は手に入った。なら次は……女、だよなぁ」
 醜悪な顔をこちらに向け、舌なめずりをしながら言い放った。
 ああ、この世にこれほど醜い者がいようとは。私は直視に耐えきれず、視線を反らした。
「ちっ、おい! こっちを見ろよ!」
 私のあからさまな態度が気に入らなかったのだろう。男は私に命名した。
 ゆっくりと、私は男に視線を戻す。
「いい女だよなぁ……これがあんな化け物になっちまうんだから、おお怖い怖い」
 古城にたどり着いてすぐ、男は私に人間と同じ姿になるよう命じていた。
 男にとって、ガーネットを握っているとはいえ「あんな化け物」の姿のままでいられては落ち着かなかったのだろう。
「おい……脱げよ」
 下卑た男の目が、私の肢体をなで回すよう見つめている。
 私は怒りに燃える瞳を男から反らすことなく、身に纏っている服を一枚一枚、ゆっくりと脱いでいった。
 意図していなかったが、これはちょっとしたストリップショーではないか。
 男の顔がより醜悪ににやけていく。私とした事が、なんたる事を。
「化け物のくせに、いい身体してやがるぜ……くっくっくっ」
 右腕で胸を隠し、左腕で股間を隠す。
 その姿勢が「しな」を作る事になり、より私の身体をいやらしく見せる結果になっている。
 小さな抵抗。その全てが裏目に出て、男を楽しませてしまっている。
 そして最後の抵抗もしかり。
「腕をどけろ。ゆっくりとな」
 言われるままに、私はゆっくりと腕を胸と股間から外す。
 直立不動。一糸まとわぬ私は、憎しみをたたえた瞳で男を凝視しながら立っていた。
「怒った顔が凛々しくてそそるじゃねぇか。たまんねぇなぁ」
 操り人形と化した私は、ただ黙っていた。
 罵声の一つも浴びせたかった。まだ喋るなと命令されていない以上、それは出来る。
 だが、私は口を開かなかった。
 汚らしい言葉で男を罵れば、私はこの醜い獣と同列になってしまう。私にはそのほうが耐え難かった。
「それじゃ、やる事やって貰おうか」
 いそいそと服を脱ぎ始める男。興奮しきり、あからさまに余裕がないのが伺える。
 女性になれていないのが、見て取れる。
 そうだろう。こんな男、誰が好き好んで寄り添うものか。
「しゃぶれ」
 男はガチガチに固くした己の逸物を指差しながら、私に命じた。
 あんなに汚らしい物を舐めろと!
 しかし私は逆らえない。ひざまずき、醜い芋虫に唇を近づけた。
「いや待った! 折角だ、こっちから舐めて貰おうか」
 男は反転し、汚らしい尻を私の眼前に向ける。
「舐めろよ、ケツの穴を舐めやがれ」
 ワナワナと怒りに震える唇。それでも私は、男の尻に接吻した。
 そして舌を伸ばし、チロチロと排泄口を突くように舐め始めた。
「くっくっくっ……あの、どんな英雄も返り討ちにあった化け物が、俺のケツを舐めてやがるぜ。たまんねぇなぁ、くっくっくっ……」
 尻を舐められる事に快楽を感じている様子はない。
 ただ屈辱的な行為をさせる事に快楽を得ているようだ。
 反面、私は悔しさのあまり瞳を潤ませていた。
 ちょっとした油断。人間を軽く見過ぎた報いがこれか? これではあまりにも残酷すぎる。
「よし、ケツはもういい。次こそこっちを舐めろ」
 舐めるのを中断させ、再度反転し醜い芋虫を私の前に突き出す。
 言われるまま、私は芋虫の先端をチロチロと舐め始めた。
「根本から舌全体で舐め上げろ! 俺を気持ち良くさせるんだよ!」
 不慣れな私に、男は細かい指示を出してきた。私はただそれに従うだけ。
 いや、微妙に違っていた。
 私は芋虫の付け根から、舌を這わせ舐め上げている。それは命令通り。
 だが、舐める時に「くぼみ」を意識し、そこを重点的に攻めている。舌だけでなく、下唇も芋虫に当て、くすぐるよう包むよう、舐めている。
 ガーネットの魔力か。私は気付いた。
 男は「気持ち良くさせろ」と言った。この言葉に魔力が乗っていたのだ。
 私はその魔力に操られ、男にとって最も「ツボ」を心得た娼婦に成り下がってしまった。
 私の物だったガーネット。その宝石に私自身が変えられていく……。
「いいじゃねぇか……ち、もたねぇな。もういい」
 極上のテクニックに、男の方が根を上げた。私は汚らわしい芋虫から唇を離した。
「横になれ。股を開け! 自分で「あそこ」を指で押し広げてよく見せろ!」
 具体的な単語ではなくとも、言葉に乗せられた「意味」は命令として私を突き動かす。
 命じられるままに、私は横になり、自ら脚を広げ、そして指で「あそこ」を広げて男に見せた。
 恥ずかしさのあまり顔を背けたかった。
 しかし先の「こっちを見ろ」という命令がまだ効いている。
 高揚し真っ赤になった顔を私は男にマジマジと見られてしまっている。
「いい顔するじゃねぇか……なんだ、見られて感じているのか?」
 感じてなどいない。男の言葉は疑問系であった為命令ではない。
 男はまだ、命令の一つ一つに魔力が込められている事に気付いていない。
 もしここで「見られて感じろ」と言われれば、私は露出狂になってしまう。
 気付かないで……私は男の質問に答えぬまま、心で祈りを捧げていた。
「なんだ、まだ濡れてねぇな……やっぱ人間と違うのか?」
 人間であっても、まだ直接何もされていない内からそう簡単に股を濡らしはしないだろう。
 そんな事も理解できないだろうゲスな男は、しかしにやついた顔をこちらに見せながらとんでもない事を口走った
「……なら、自分で濡らせ。オナニーを俺に見せて濡らせ」
 ああ、悪魔の一言が発せられてしまった。
 私は自ら押し広げていた指で、突き出た突起をいじり始めた。
 ピクリ、と身体が異常なまでに反応する。
 性に関して、私達の一族は人間程敏感でも貪欲でもない。よって自慰行為など、これまでした事もなかった。
 初めての自慰。私はやり方すらよく知らなかったこの行為を始めている。
 言葉の魔力は恐ろしい。
 具体的な言葉でなくとも、「言霊」となってイメージが全て伝わってしまう。だから私は、男が望む通り私が最も「濡らしやすいツボ」を知らず知らず刺激してしまう。
 コリコリと股間の突起をいじる度に、私はまるで落雷に見舞われたかのような衝撃を感じていく。
 気持ちいい。私は初めての快楽に酔い始めていた。
「見せつけてくれるじゃねぇか……よし、もういいぞ」
 命令通り、私の指は止まった。
 まだ……足りない。
 なんと言う事か。私は汚らわしい男の中断を喜ぶどころか残念にすら思うなんて!
 私は汚されていく。なのに、何かを期待している。
 この感情は何? 私は戸惑っていた。
 そして……何かを待ちわびている。
「これだけ濡れれば充分だな……」
 男は先ほどより更に大きくなった芋虫を自ら手に取り、私の秘所にあてがった。
 ずぶり
 汚らわしい物が、私の中に入ってきた。
 男は夢中になって腰を振る。私は初めての性交に、混乱していた。
 腰を打ち付けられる度に、快楽が脳まで駆け上がってくる。
 私は耐えた。声を出すまいと唇を固く閉ざし、ぎゅっと目を閉じた。
 私の中にあった、プライド。こんな男にされるがままになってたまるか。
 しかし私の意地が、かえって男に恐ろしい「命令」を出させる事になるなんて。
「くそっ、黙ったまま「マグロ」になってちゃつまんねぇだろ。声を出せ、よがれ、感じろ、自分から腰を振れ!」
 意地もプライドも、全て崩れ落ちた瞬間だった。
「あっ、あん、はっ、ああ! ん、んん!」
 突かれる度、腰を振る度、私は喘いだ。
 快楽のままに声を出す事で、私はより一層さらなる快楽を招き入れていく。
 気持ちいい。とても、気持ちいい!
「どうだ、気持ちいいか、言え! 気持ちいいんだろ!」
「はい、あっ、きもち、いい、です! あ、いい、いいです!」
 気持ちいい。これは気持ちいいんだ。
 私は初めての性交で極上の快楽を得ている。
 この世に、こんな悦楽があるなんて。
 今までの退屈な、しかし疑問にすら感じなかった日々が、過去の物へとなっていく。
 新たに得た、感情。それはあまりにも大きく、私を狂わせていく。
「く、良すぎるぜ……よし、よし、一緒にいけ、俺と一緒に、いけ、いけ!」
「はい、あっ、もっと、はっ、いい、いって、いって!」
 芋虫の口から、男の欲望が放たれる。
 それを「中」で感じた瞬間、私は「命令通り」にいった。
 初めて、快楽の頂点へ上り詰めた。
 なんと心地よいのだろう。これが性交か。
 全てが衝撃的で、理性が追いついていかない。
 私は息を荒げたまま、僅かに残った意識にしがみつきながら余韻を楽しんでいた。
 カツーン
 甲高い音が、私の理性全てを呼び覚ました。
「しまっ……」
 私は男を蹴飛ばし、音の鳴った方へ手を伸ばした。
 そして取り戻した。私のガーネット。私の全てを。
 あまりの快楽に放心状態だったのは私だけではなかったようだ。
 男は気を緩めた瞬間、ずっと握りしめていたガーネットを汗で滑らせ落とした。
 この一時は刹那。この瞬間が、私の全てを取り戻す唯一のチャンス。それを逃すことなく私は掴んだ。
 裸体のまま、駆けだした男。私はゆっくりと姿を変え、羽ばたき一つで男に追いつく。
「ヒィッ!」
 引きつった声。先ほどまでの優越感に浸った顔とは大違い。
 私は時間をかけゆっくりと、この男をどう苦しめてやろうかと考え始めた。

「そんな事があったんだ……」
 信じられないと目を丸くし、二人が私を見つめている。
「それで……「覚えちゃった」わけ?」
 少女の問いに、私は恥じらいながら頷いた。
 ガーネットは取り返したが、男の命令によって変えられた私の「快楽」は残ったまま。
 ガーネットの魔力は、私自身では扱えない。
 よって私は、誰かに「命令」されないかぎり快楽を忘れる事が出来ないでいた。
「強制されながら行う性交……それに感じる、はしたない女になってしまいました」
 自慰を覚えた私は、身体の「うずき」を沈める事はどうにか出来る。しかし、心は常に最上の快楽を求めている。
 どうにかしなければ。私は誰かにガーネットを奪われ「命令」されるのを待っている。
 しかし誰でも良いというわけにはいかない。
 私に残っていた意地とプライドが、ガーネットを託す相手を選んでしまう。出来れば、モン・セニュール(私のご主人様)と呼べる殿方に……。
「もしかして、「ここ」に来始めたのは……それ?」
 メイドの問いに、私は黙って頷いた。
 妖精学者。彼ならば、私の悩みを解決してくれるかもしれない。
「ですが……話を切り出せないまま、今日までずるずると……」
 殿方を相手に相談できる内容ではない。しかし殿方を相手に相談しなければ解決もしない。
 意地とプライド、そして羞恥心が邪魔をしている。
 しかしこれらが無くなってしまっては、もはや私は私ではなくなる。
 そんなせめぎ合いを一人で続けながら、私は誰にも相談できぬまま悩み続けていた。
 それを、こんな形で吐き出す事になるとは、思いもしなかった。
 それだけ、溜め込んでいたものがもう喉元まできていたのだろう。
「なるほどね……判ったわ。私達に任せて」
「ま、あの「妖性」学者じゃちょぉっと不安かもしれないけどねぇ」
 二人は互いの顔を見合わせ、笑っている。
 ちょっと不安だが、彼女達なら私の助けになってくれる。不思議と私は安心していた。
 そして事実、彼女達の助けにより、私の悩みは解消されるどころか、さらなる高みへと上り詰める事になるのですが……その話は、また後日

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