成就
〜文車妖妃(スライム娘)〜

 妖精や妖怪,悪魔といった、人ではない者達との橋渡し。それが俺の仕事。
 だが、俺とは対極に位置する仕事をする者達もいる。
 退魔師やヴァンパイアハンターなど、人間にとって脅威となる者達を取り払う、そんな仕事をする者達。
 俺は仲間達との共存を望んでいる為、彼らと反目する事もあるが、基本的には協力関係を築いている。
 何故ならば、人間だけを見ても善人悪人がいるように妖精などにも善悪がある。
 むろん善悪の価値観は人間を基準にしている為、仲間達にまで当てはまらないのだが、悪意から生まれし者達は、本人に自覚が無くても悪として処断せざるを得ない。
 主に「悪霊」のような、人間発祥の悪意に満ちた者達は、専門の者達によって祓われるのが普通だ。
 ただ時たま、その専門の方に協力を依頼される事もある。
 今回の仕事は、その「協力の依頼」という形で請け負った。
「ああ、来たか。すまないな、わざわざ」
 巫女服を着た、精悍な女性。今回の依頼者だ。
 彼女は退魔師を生業にしている巫女で、専門は悪霊。
 俺の立場と考えを理解してくれる大変ありがたい方で、「霊」が「悪」であるかどうかを見極めてから滅し「悪」で無いなら何らかの形で成就成仏するように霊に協力してくれる、そんな強く優しい女性だ。
 ただ、そんな彼女でも霊の願いを聞き入れられない時がある。
 主にそれは、彼女の力だけでは為し得ないような願い。
 今回彼女が遭遇した霊も、彼女の力ではどうしようもない願いを抱いた霊なのだという。
 そこで彼女は、俺と、そしてもう一人協力者を呼んだ。
「やっほー、元気してた? この前送ったメール届いてるかな?」
 俺と共に来たもう一人の協力者。文車妖妃だ。
「すまない。メールは届いているが、携帯の操作はまだ不慣れでな」
「あー、いいよいいよ。たいしたことじゃないし」
 巫女と文車妖妃。奇妙な組み合わせだが、これでも彼女達は俗に言う「メル友」なのだと言う。
 もっとも、文車妖妃は誰とでもアドレス交換をしたがり、誰とでもメル友になりたがる。そんな「メール」から生まれた妖怪故に、一方的に押しつけられた「メル友」なのだろうが。
「いや、慣れる為にもメールは返したかったのだがな……まだ早く打てんのだ。このところ、依頼も携帯メールで、という案件も珍しくなくなっておるし、携帯の一つも上手く使えるようにならんとな」
 巫女という職業に、若い頃は幻想を一杯抱いていた俺としては、モバイルを巧みに使いこなす巫女、というのはいまいちピンと来ないのだが。
 まあ、時代と共に我々の仕事も変わってくるという事なのか。
「ところで、今回の相談というのは?」
 あらかじめ大筋は聞いていたが、俺は改めて依頼の内容を確認しようとした。
 事前には、「電脳霊」の成就に協力して欲しいと聞いていたが……。
「あっ、ああ……ちょっと私では叶えてやれぬ事でな……」
 普段は凛とした態度を滅多に崩さない巫女さんが、頬を赤らめうつむいた。
 なんだ? この反応は。
 あまりにも珍しい反応に、俺は戸惑ってしまった。
「いや、それほど構える事では……いやいや、キチンと「して」やって欲しいんだが……あー、私は何を言っているのだ……」
 なんだ? なんだ?
 こんなに慌てる巫女さんは始めてた。顔もますます真っ赤になっていく。
 一体、なんなんだ? どんな霊が相手なんだ? 何をしろって言うんだ?
「とっ……ともかく、本人に会わせよう。詳しくは本人から聞いてくれ」
 知識はあっても戦闘能力のない俺に頼むのだから、命に関わるような危険はないと思うのだが……巫女さんの慌てように不安ばかりを募らせ、俺達は彼女の案内に従い神社に入っていった。

 案内された先には、一人の少女がいた。
 少女……だよな?
「彼女……ですか?」
 俺の問いに、巫女さんは黙って頷いた。
 霊には違いないようだが、幽霊のそれとは明らかに違う。
 全身が半透明の水色。人の形をどうにか留めているが、今にもずるりと崩れてしまいそう。
 有り体に言えば、冷蔵庫で中途半端に固まったゼリー。固体とも液体とも言い難い不安定さで人の形を形成している。
 ゼリー状の彼女は俺達の来訪に気付くと、にっこりと微笑んだ。
「彼女は掲示板の書き込みより生まれた電脳霊……君達で言う「文車妖妃」らしい」
 俺は妖精学者として彼女達を「文車妖妃」と呼ぶが、巫女さんなどは電子文書という電脳世界から生まれた霊という事で「電脳霊」と呼んでいる。
 今俺の横にいる、いかにも女子高生ですといった風体の彼女も、文車妖妃。
 二人はあまりにも違いすぎるが、巫女さんの言う事に間違いはない。
 文車妖妃は、届けられる事の無かった恋文や書物から生まれる九十九神の一種。
 だが最近は、ネットワークの充実化が進行した為、メールや掲示板の書き込みから文車妖妃が生まれるケースが増えている。
 女子高生風の文車妖妃は、他愛もない女子高生のメールなどから生まれ、そしてこのゼリー状の文車妖妃は掲示板の書き込みから生まれた文車妖妃。
 生まれは違うが、同じ文車妖妃で間違いはない。
「なるほど、間違いなさそうですね。しかし……何故このような姿で?」
 文車妖妃は、生まれ出たメールや掲示板の内容に大きく影響を受ける。
 女子高生のメールからは、まさに女子高生の文車妖妃が、悪意を持った荒らし書き込みやウイルスメールからは悪霊となった文車妖妃が、それぞれ生まれてくる。
 となると、ゼリー状の文車妖妃はどんな書き込みの影響を受けて生まれたというのだ?
「うむ……そこなんだがな」
 ここで又、巫女さんが顔を赤らめた。
 一応俺も専門家だが、現状からは全く状況を把握出来ない。
「ここ……ここから生まれたの……」
 ゼリー状の文車妖妃が、俺にノートパソコンをこちらに画面を向け差し出した。
 画面には、大きな壷が映し出されており、中央には大きな字で「2ちゃんねる」と書かれていた。
 ここか。文車妖妃が生まれる場所としては、これほど説得力の高い掲示板もそう他にはないだろう。
 この「2ちゃんねる」は、匿名による書き込みで大いに賑わう巨大な掲示板であり、真偽はともかく様々な書き込みが連日連夜行われている。
 匿名である事から、悪意的な書き込みも非常に多く、そのような書き込みから「悪霊」が生まれやすい。がしかし、このゼリー少女は悪霊ではなさそうだ。
 では、どんな書き込みから生まれたのだ?
「あのね……ここ……」
 一度俺の手に渡したノートパソコンを、俺の手に乗せたまま、ゼリー少女がずるりと手を伸ばし操作を始める。
 沢山羅列している中から、彼女は「エロパロ」という項目を選びクリックする。
 エロパロ?
 エロ?
 ……何となく、読めてきた。
 彼女が選択したスレッドには、様々な女性……主に「人間ではない」女性との交わりを熱望する書き込みが多数残されている。その中には、「スライム娘」との性交を妄想した書き込みが幾つもある。
 なるほど……これで全て理解した。
 彼女がどこから生まれ、どうして巫女さんでは彼女の力になれず、あそこまで赤面したのかを。
「えーっと……そういう事?」
 俺はスライム娘と巫女さんにそれぞれ視線を移した。
 二人とも、黙って頷き俺の考えが正しい事を示した。
 彼女が生まれた場所が判れば、自ずと彼女が成就している事も判る。つまり、書き込みの通り。性交を望んでいるのだ。
「あー……まあ、それは判ったけど……なんで彼女まで?」
 俺は親指で、もう一人の文車妖妃……女子高生の文車妖妃を指差し尋ねた。
「そなただけでも良かったのだが、書き込みの内容にちょっと不安があってな……」
 今度は巫女さんが、ぎこちない手つきで掲示板の過去ログを探している。
 ようやく見つけたログには、これから「こと」をする俺にとってはシャレですまない内容が記されている。
「最終的に、この「すらいむ娘」に取り込まれる事を望む者もいてな。そなたがこの子と、その……して、だな……大丈夫なのかどうか、第三者として確認して欲しかったのだ」
 なるほど。確かに、そこの判断は巫女さんや本人達より、第三者に下して貰った方が安全だ。
 生まれは違うが、同族。それなりに正しい判断が彼女には出来るだろう。
「んー、どうだろうねぇ?」
 ニヤニヤしながら答える、今時のガキ。こいつ、楽しんでやがるな……。
「大丈夫でしょ? みんながみんな望んでいる所から生まれてたら超ヤバかったけど、そうじゃないし」
 軽い物言いに多少不安はあるが、とりあえず問題はなさそうだ。
「それにほら、「妖性」学者なんだし」
 ……なんか微妙にニュアンスを変えてないか? 「聞く」だけでは判断出来ないが……。
「とりあえず、私から見る分には問題ないと思うよ」
 とりあえず、という所に多少不安はあるが、怖がってばかりもいられない。
「そっか……ならまぁ、「妖精」学者として、勤めを果たしますよ」
 意味としては「やります!」という健全な青年の主張になるわけで、そう考えると、ちょっと女性の前では恥ずかしい発言だな。
「そうか……なら、後は頼む」
 それは受け取る側も同じで、終始頬を赤らめている巫女さんは俺と目を合わせられないでいる。
 それでもどうにか俺の方を向き一礼して、用のない方の文車妖妃を連れて部屋を出ようとした。
「ああ……私らは別室で待機しているが、この部屋は「何時間」使っても構わないから。彼女が「満足するまで」よろしく頼む」
 再び一礼し、戸を閉めた巫女さん。
 何時間? 満足するまで?
 長期戦覚悟ですか?
 色々覚悟はしているが、こう、不安要素が細々と残っている。
 一つ一つは小さいが、累積すると、臆病にさせるだけには充分な量になってしまう。
「……ね……」
 未だにノートパソコンを持っていた手に、ひやりとした感触。
 一瞬、俺は驚きビクリとノートパソコンを落としそうになった。
 その反応に、スライム娘も驚き手を引っ込めてしまう。
「あ、ああ、ごめん。ちょっと驚いただけだから」
 俺はノートパソコンを置き、彼女に謝罪した。
 この子は悪くないのに。何をビクついている。
 俺はこの子の願いを成就させる為に来たんだ。不安ばかり気にして、相手を不安にさせてどうする。
 男として最低だろう。女性を不安がらせるのは
「ごめんね……じゃあ、その……しようか」
 場の空気もあり、なかなか気の利いた言葉が浮かばなかった。
 ちょっと、ストレートすぎる言葉だな。俺はそう思ったのだが、思いの外、彼女はこのストレートな言葉に強く反応し満面の笑みを浮かべた。
 ……ああそうか。彼女は「そういう願望」から生まれたんだったっけ。なるほどね。
 俺は急いで衣類を脱ぎ始めた。上着のボタンに手をかけ、シャツを脱ぐ。
 そしてベルトに手をかけたところで、彼女が屈んだ姿勢で俺のズボンに手をかけている事に気付いた。
 どうやら、もう待てないらしい。
 俺がずるりとパンツごとズボンを下ろしたその刹那、彼女は両手で俺の肉棒を掴んできた。
 ひやりと冷たく、それでいてぬめりとした感触としてのなま暖かさ。このミスマッチが、肉体的な興奮を一気に呼び覚ます。
「あったかい……」
 初めて見るだろう、男の逸物。にも関わらず、慣れた手つきで俺の肉棒をしごき始めた。
 強くもなく、弱くもなく、弾力とぬめりある半ゼリー状の手が、まさにジャストフィットして刺激を与えてくる。
 その刺激に、少しずつ大きくなる肉棒だが、手の圧力はその膨張に合わせるかのように自動調整される。
 不意に、彼女がこちらを見上げ笑顔を見せた。と同時に、手に変化が。
 部分部分で小さな「突起」が加わったような、全体的に均一だった圧力に強弱が加わり、それが前後する。
 なんだろう、ローションをたっぷり染みこませた、ビーズ入りの自慰道具。使った事が無いのでなんとも言えないが、表現するならこんな所だろうか?
 しかもよく見ると、手は一切動いていない。にも関わらず、激しく擦られてるような感覚。
 今までに感じた事のない快楽に、身体は激しく興奮している……のだが、何故か心は冷静だった。
 それを敏感に感じたのだろうか、彼女は不安げに俺を見上げている。
「あの……口で、してくれるかな」
 手こきが飽きた、という訳ではない。
 何処か冷めてしまっている原因が、何となく判りかけてきた。それを確かめる為に、俺はリクエストを出した。
 彼女はこくりと黙って頷き、大きく口を開き俺の肉棒をくわえた。
 感触は、手でして貰っていた時とさして変わらない。
 だが、僅かに俺自身は興奮し始めているのに自分で気付いた。
「顔を、動かして貰えるかな」
 懸命に動かされる頭。それでも感触的には変わらない。
 しかし、心に感じる快楽は相当高まっている。
 やはりそうだ。俺は確信した。
 手でして貰っている時は、全く動かさなかった為に、何処か「全自動オナニーマシーン」のような気がしてしまっていた。
 彼女にして貰っている、という感覚がなかった。
 だが今こうして、普通の女性と同じように動いて貰うだけで興奮度が変わっている。
 視覚効果は大切な要素、という事か。
「気持ちいいよ、とっても」
 俺は激しく動く彼女の頭、ほとんど区別はないが髪に相当する部分に手を置き、軽く撫でた。
 見上げる彼女の目は、笑っていた。
 俺が本当に感じているのを、手の感触と肉棒の膨張で察したのだろう。
「くっ……そろそろ……」
 こうなると、もう限界も近い。
 長引かせようと視覚効果を遮断する為目を閉じても、もはやまぶたの裏にまで焼き付いた、健気な彼女の姿は消えやしない。
「んっ!」
 俺はぐっと手に力を込め、彼女の頭を自分の股間に押しつけた。
 ドクドクと流れ出る、俺の白いゼリー。
 彼女の中の様子まで、半透明の身体からよく見える。
 白いゼリーはクッキリと彼女の中に見えていたが、それは次第に分散され、やがて消えていった。
 完全に、彼女の中で消化された。
 なんだかそう考えると、心に興奮が又燃え上がる。
「まだ、おっきい……」
 手で軽くいじりながら、彼女が嬉しそうに微笑んでいる。そんな彼女が、たまらなく愛おしい。
「ねて」
 言葉短く、彼女は俺に指示を出す。俺は言われた通り、その場に寝そべった。
 仰向けに寝た俺の足首を、彼女が握っている。
「じっと、しててね」
 何が始まるのだろうか?
 そんな事を考える間もなく、彼女は行動を起こしてきた。
 足首を掴んでいた手をのばし、、そのままスライドさせ、膝,太股,腰へと動かす。
 そしてその手に合わせるように、身体を重ねるように足下からずりずりとこすりつけてきた。
 冷たくぬめりある感触が、足下からはい上がってくる。
 とうとう、俺の目の前には彼女の顔。完全に身体を重ねている。
「んっ……」
 軽めのキス。そして彼女はまたずりずりと今度は足下へと身体をこすりつけながら戻っていく。
 それを、何度も繰り返す。
 まるで全身を肉棒に見立てた手コキ。
 ぬめりある彼女の体は密着度が非常に高く、全身が性感帯になったかのような錯覚を起こさせる程。
「ねぇ……その、そろそろ……」
 非常に気持ち良いのだが、気持ち良いからこそ、我慢が出来なくなってきた。
 男の俺からせがむのは、正直みっともないかなとも思ったが
 そんなプライドなどどうでも良くなる程に、俺は彼女を求めている。
 そんな俺の言葉に、彼女は満面の笑みで返答した。
 身体を完全に重ね、彼女は少し腰を浮かせる。
 片手で俺の肉棒を掴み、位置を固定させ、そして腰を落とした。
「くっ」
 それだけで、いきそうになるのを俺はぐっと堪えた。
「いいよ……なんどでも、いって……」
 我慢している俺に囁かれる、甘い誘惑。
 そして激しく動かされる腰。無意識にその動きに合わせカクカクと動き出す俺の腰。
「くっ、ダメか……」
 たまらず、俺は彼女の中に二度目のゼリーを注ぎ込んだ。
 しかしそれでも、彼女は動きを止めようとしない。
「まだ……もっと……」
 貪欲な彼女は、まだ一度も頂点に達していない。だが、興奮はドンドン高まっている様子。
「キス……キス……」
 了解も得ず、彼女は両腕を俺の頭の後ろに入れ、そして俺の頭を引き寄せるようにして自身の唇を俺の唇に押し当ててきた。
 ぬるりと、彼女の舌が俺の口内に侵入する。
 その舌は長く長く伸び、喉の奥まで刺激してくる。
 気道の確保はしてくれているのか、苦しくはない。
 下半身の快楽と相まって、喉の奥から痺れるような快楽が全身に行き渡る。
「んん、んん!」
 口を離すことなく、何事か呻くスライム娘。
 彼女にも、とうとう頂点が見えてきたようだ。
「ん、んん、ん、ん、んん!」
 ぐっと、俺の頭を抱く腕に力が入る。と同時に、ゼリーの挿入三度目。
 ふるふると全身を振るわせながら、しばらくキスをしたままじっとしている彼女。
 ようやく落ち着いたのか、そっと俺の頭を置き、唇を離した。
「とても良かったよ」
 陳腐な言葉だが、ストレートな表現の方が彼女を喜ばせるようだ。
「でも……まだダメ。もっとほしい……」
 一瞬、くらっと来た。
 いや、これだけの快楽を味あわせて貰える俺は幸せ者だが、正直、連チャンはキツイ。
 とはいえ……満足するまで何時間でも。彼女の為に尽くすのが、俺の「仕事」だ。
 仕事か? そう表現するのは彼女に悪い気がする。
「おいで」
 今度は俺から彼女を招き、ぐっと抱きしめた。
 一時とはいえ、俺は全力で彼女を愛さなければ。
 それを彼女が望んでいるのなら。
 ……愛するのも命がけだな。それも悪くないと、今度は俺から唇を求めた。

「四時間ちょっと? これならちょっとしたエロDVD一本分?」
 煎餅をくわえながら、待機していた文車妖妃が俺に話しかけてきた。
「どーいう表現しとるんじゃお前は」
 まったく、耳年増め。
「して……彼女は成就出来たのか?」
 結果を尋ねてきた巫女さんに、俺は黙って頷いて答えた。
「そうか……ご苦労だったな」
 ご苦労か……確かに体力的には立っているだけで辛いくらい消耗したが、苦労は、していない。むしろ彼女に感謝したいくらいだ。
「茶を入れよう。しばし座って待っててくれ」
 俺の労をねぎらう為、巫女さんはお茶を入れる為に台所へと向かった。
「ねぇ……彼女、幸せそうだった?」
 文車妖妃が、唐突に尋ねてきた。心配そうに瞳を僅かに潤ませながら。
「……笑顔で逝ったよ」
「そっか……」
 満面の笑みを浮かべたまま、急にどろりと溶け始めたスライム娘。
 液体となった彼女は、そのまま畳に、大気に、そして……俺に、溶け込むようにして消えていった。
 あの最後に見せた笑顔は、幸せ以外の何物でもなかったと、俺はそう信じたい。
 男達の欲望から生まれた、文車妖妃。
 彼女の「幸せ」に対する価値観に、色々と思う事もある。
 しかし最終的に、彼女自身が幸せを感じていたのなら、それでいい。そう思う。
「……なぁ」
「ん?」
 聞くべき事じゃないかもしれない。だが、俺の口から出た言葉を俺は止められなかった。
「お前は……幸せか?」
 女子高生のメールから生まれた文車妖妃。
 彼女の幸せは、何処にあるのだろうか?
「メル友もリア友も沢山いて、学園生活超楽しんでるよ。これを幸せっていうなら、幸せかな」
 明確な答えにはなっていない。だが、こんなものだろう。
 人間の女子高生が感じる幸せ。それが彼女にとっても幸せになるはず。
 そんな彼女が、成就する日は来るのだろうか?
 ……やめた。考えるべき事じゃないな。
「待たせたな。薬草を煎じた茶だ。疲れもすぐに回復しよう」
 独特の臭いを放つそのお茶は、見た目も正直美味しそうには見えない。だが巫女さんが言う通り、疲れを取るには最高級のお茶なのは間違いない。俺はそのお茶を、ありがたく頂いた。
 まったりとした空気が、室内に漂う。俺もようやっと、落ち着いてきた。
 そんな時、巫女さんの携帯が鳴り出した。
「もしもし、私だ……ふむ……ふむ……そうか……」
 どうやら、仕事の話らしい。
「それで、特徴は……は? なんだそれは?」
 ん? なにやら様子がおかしい。
「ふむ……いや、ちょうど二人とも来ているのでな……うむ、尋ねておく」
 なにやら、また俺達に用事がありそうだ。話し終えた巫女さんは、早々に口火を切った。
「また電脳霊のようなのだが……その霊、変な事を口走るようでな」
 変な事? 狂気系の悪霊だろうか?
「なんでも……「うは」「うぇ」「てらわろす」など口走り、終始高笑いを続けているようだが……心当たりはあるか?」
 てらわろす? 何かの呪文か? 少なくとも日本語ではないようだが……。
 俺には心当たりが無いが、どうやら文車妖妃にはあるようだ。
「そいつ、間違いなく悪霊ですよ。気にしないで祓っちゃって大丈夫」
 苦笑いを浮かべて、文車妖妃は断言した。
「そうか。では、私はすぐに出かけるが、そなた達はゆっくりくつろいでいかれよ。では」
 早々に、支度を調える為に居間を出て行く巫女さん。
「ホント、色々よね私達も……」
 煎餅に手を伸ばしながら、呟く彼女。
「……成就出来ただけ、あの子は幸せだったよ……」
 呟いた言葉を、俺達は聞かなかったかのようにしばしくつろいだ。

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